【安全保障ってなんだろう?】今の「中国」を知るためのいくつかの質問 関西学院大学・井上一郎教授に聞く

 

 ―中国研究者の見方と安全保障の最悪を想定した見方、そして国同士の話と市民生活レベルの話というように、どこから考えるかで状況の見方は変わると思います。これらを切り分けて考える必要があるのでしょうか。

安全保障で使う「脅威」という言葉は、能力と意図の掛け算である、とされています。例えば、ある国が他国の領土を奪いたいという意思を持っていたとしても、それをできる能力がなければそれほど心配する必要ないわけです。しかし中国に関してはその能力が確実に上がってきていて、だからこうして台湾有事という話が出てきているんですね。ただ、意図については外から見てもはっきりと分からない。一方で、習近平政権の中国がかつてよりも強硬な政策を指向するようになってきている点について言えば、安全保障関係者も中国の専門家も、その方向性に関する見方はそれほど変わりません。だから必ずしも話としてそれぞれ切り分けられることではないんです。トレンドについての見解は一緒だと思いますし、どちらかと言えば日本をめぐる安全保障環境は厳しくなりつつあるという点でも一致していると言ってもいい
 しかし先ほども述べたとおり、安全保障の分野では、たとえ5%でも10%でも有事の可能性があればそれに準備して対応しないといけないという、まさに「防衛」の世界なわけです。台湾侵攻が現時点において、たとえば7割方難しいと見られていても、仮に残りの3割で実現の可能性があるのであれば、それはやっぱり大変なことになる。すなわち、1%でも可能性があれば対処しないといけないし、現状はその可能性が前よりも上がっているように見える。相手の意図は分かりにくく、また、それぞれの時点においても変化する。よって、お互いの能力をしっかり見ているわけです。その一方で、お互いの意図に対する誤解を少なくし、双方の安心感を高め、危機の際にはエスカレーションを避けてコミュニケーションの手段を確保するなど、外交努力も同時に必要となります。

複雑な事実を単純化せず、丁寧に分析すること

 ―テレビやネットでは、色んな事をすっ飛ばして「すぐに攻めてくるんじゃないか」と思わせるような性急かつ極端な話をしている場面をよく見かけます。

中国の台湾侵攻の可能性については、率直に言って、先ほど述べたような背景を理解しないまま「台湾有事」という言葉だけが一人歩きしているような報道姿勢のメディアもあります。「明日攻めてくるのか」みたいな、そんな話が出たりすることもありますが、たしかに趨勢としては中国の軍事的能力も高まり、対外姿勢も強硬になっているものの、それでもまだまだ難しい部分もある、ということをきちんと理解した上でこの議論をしていかなければならない。もちろん私も「絶対大丈夫」と言い切ることはできませんし、万が一に備えて、準備を怠らないことは非常に重要です。
 一般に、国内で問題を抱えた時には指導者は国民の不満を外に向けるために、より攻撃的になるという議論があります。中国でも経済成長率が落ちてきて、前よりも問題が多く出てきてることでより強固な態度に出ているのではという話もありますが、必ずしもそれは一面的な話ではありません。この問題は研究者の間でも議論されており、例えば、国内に問題を抱えた時には国内のことに対応するためにあまり外向けに無理はしないというケースも、過去の中国の行動にはある。その一方で、やっぱり国内問題のガス抜き的に不満を外に向けたこともある。重要なのは、複雑な事実を丁寧に分析すべきであって、あまり単純に考えるべきではないということです。

 ―沖縄は台湾も地理的に近くて、生活の中に米軍基地もあるので、安全保障や防衛ということがある意味では肌感覚で分かる部分もあります。こうした問題の受け止められ方が県外とは少し違うというか。

やはり米軍基地が沖縄に集中し過ぎていること、そしてそれまでの歴史もあって、どうしても「反米」「反戦」という考えが強くならざるを得ない点については理解できます。その結果として、今の中国の脅威が相対化されやすい面はあるかもしれません。その点においては、東京から見る中国・アメリカとの関係とはだいぶ温度差があるのかなと思います。
 尖閣や台湾が目の前にある石垣島や宮古島などの現場よりも、むしろ東京の方が声高に防衛についての発言をして、沖縄では冷めたような感じで受け取られることもある。かつては東京でも、中国・アメリカの両方と仲良くやっていくべきだという雰囲気もありましたし、日米の軍事面での協力をさらに前に進めることについては、本土側でも慎重な意見はかなりありました。でもそれが今は防衛予算を増やすことについても、あまり国内でも反対は出にくくなってきていますね。これはやはり、昨今の北朝鮮や中国の動向を踏まえ、政府のみならず国民の間にも防衛に関する意識が徐々に高まっているということから来るものと思います。

好き嫌い、ではなく「リアリスト」になる

 ―日中・米中関係の歴史や現状を踏まえて安全保障についてお話してもらいましたが、情報を受け取る側としては、今後の情勢をどのように見ていけばいいのでしょうか。

一言で言うと、1つの方向だけから見ないということです。安全保障の論理と本当に中国が動くかどうかというのは、拠って立つ場所が違います。
 加えて、中国とどのように付き合うかということについても、経済の視点もあれば安全保障の視点もある。それらの全体を見通した上で、さらにいくつかの見方を組み合わせて語る必要があります。経済だけを見て「中国とは仲良くすべきだ」と言うのも単純すぎますし、一方で、中国を完全に「敵」としてしか見ないのも一面的ではあります。だから、もし今の情勢を理解しようと思ったら、二国間、多国間、経済、安全保障など複数の異なった視点に立脚しつつ、最終的にはイデオロギーや「中国が好き・嫌い」ではなくて、現実的に考えるリアリストになることが大切だと思います。

■関連リンク
【安全保障って何だろう?】「“自由”を守るために安全保障がなければならない」(関西学院大学・久保慶明教授)
先島地域の住民避難で図上訓練 武力攻撃想定 現状の輸送力は? ‖ HUB沖縄
4カ国から識者招きシンポ アジア太平洋の平和を沖縄から考える ‖ HUB沖縄

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真栄城 潤一

投稿者記事一覧

1985年生まれ、那覇市出身。
元新聞記者、その前はバンドマン(ドラマー)。映画、音楽、文学、それらをひっくるめたアート、さらにそれらをひっくるめた文化を敬い畏れ、そして愛す。あらゆる分野のクリエイティブな人たちの活動や言葉を発信し、つながりを生み、沖縄の未来に貢献したい、と目論む。

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