「消えてしまう語り」を編み上げる880頁 100人の人生が詰まった『沖縄の生活史』刊行

 
沖縄タイムス社編、石原昌家・岸政彦監修の『沖縄の生活史』(みすず書房)

 公募した100人の聞き手が、それぞれの身近な家族・親戚や友人などから語り手を選んでその半生を文字に起こした、とてつもなく分厚い本が5月12日に刊行された。沖縄タイムス社編、石原昌家・岸政彦監修の『沖縄の生活史』(みすず書房)は、沖縄の戦後復帰50年企画としてタイムス紙面で昨年5~12月の期間に連載した85人分の語りに、未掲載分の15人を加えて編んだ880頁に及ぶ“鈍器本”となっている。そこに記されているのは、1人1人の暮らし軌跡であり、たちこめる生活の匂いであり、そして100の方向から眼差される沖縄戦後史だ。
 出版を記念して20日に開かれたシンポジウムでは、監修を務めた京都大学教授の岸政彦さんが「沖縄の人たちに聞いて、そして書き残さないと“消えてしまう語り”を、人生の記録としてちゃんと残したかった。そういう思いで取り組んだプロジェクトです」と強調した。

5月20日に沖縄タイムス社で行われた刊行記念シンポジウム

市井の人たちの声の記録

 同書に収録されている100人分の語りには、沖縄戦や戦後復興、米軍統治、そして本土復帰といった日本の中でも特異な歴史的背景が通底しており、戦後77年・復帰50年という重層的な意味づけがされる時間の連なりを生きてきた沖縄の人たちの生活の歩みが刻まれている。

 語り手のほとんどがメディアなどに言葉や記録が残る著名人ではなく、「一般」の個々人、いわゆる市井の人たちであるということがこの企画の肝だ。また、全ての語り手に「本土復帰をした1972年5月15日に何をしていたか」という共通質問を設定した。

 目次には気の利いたタイトルではなく、語り手の発した印象的な言葉が並ぶ。

あの時の東京はね、お店の正面に『沖縄者お断り』って書いてあったんだよ。野蛮人と言ってから」「努力しなくて、なんとかなるさじゃないわけよ。努力しての結果が『なんくるないさ』、それ全然違うね」「うん、モテて大変だった。モテモテ(笑)。内地に連れて帰ろうかなぁ、って、まあ、おべっか言う人もいたよ」といった具合で、パンチラインの釣瓶打ち状態と言っていい。

 装丁には沖縄出身の写真家・上原沙也加さんの作品があしらわれており、先にも述べた通り880頁のボリュームで“自立”する厚さの書籍となっている。価格は4,950円(税込み)で、20日ごろから県内書店に並んでいる。

歌のような「語り」、その楽譜としての“聞く本”

沖縄と生活史について語る岸政彦さん

「権力のある人や有名な人たちの語りは残っていますが、私は首里城に住んでいる人よりも、首里城の石垣を組んでる人の話を聞きたいんです

 そう語る岸さんは、生活史を残すことについて「すぐに何かの役に立つわけでも無いし、答えが見つかるわけでもない」が、戦争などの辛い過去も含めて人々の生活の証を記述していくことには「強くて深い意義と意味がある」と断言。そして、その営みの中に「戦争をもう1度起こさないように、経験をどれくらい残せるか」という問いがあると述べた。

 また、沖縄が搾取され続けている歴史と現状や「“ナイチャー”の加害性」にも触れて、「沖縄にズカズカ入ることの暴力」にも言及する一方で「“聞かないことの暴力”もある」とも指摘し、今この時に聞き取りをしておかなければ「消えてしまう語り」への憂慮もにじませた。そして人々の語りと生活史について、音楽になぞらえて以下のように話した。

「人の語りを聞くことは、コード進行のある歌を聞いているみたいなんです。その場で歌った音は空中に消えますし、語りも同じように消えてしまう。だから、採譜して楽譜にして歌を残すんです。読んだ人たちからは『脳内で自分のおじいおばあが話してるように再生される』という声もあって、その意味でもこの本は読むというよりは“聞く本”だと思っています

 岸さんが話を終えると、会場に集まった聞き手や語り手の人たちがマイクを握ってそれぞれの思いを語る場面もあった。聞き手を務めた女性は「なんで泣いているのか分からないんですけど(笑)」と頬を流れる涙をぬぐいながら、「今回聞き手をやってみて、昔の沖縄を生きてみたかったな、ってとても思いました」などと感想を語った。

岸さんと対話する聞き手、語り手の人たち

「続きをみんなにやってもらいたい」

 後半のパネルディスカッションでは、本を監修した岸さん、沖縄国際大学名誉教授の石原昌家さんに加え、聞き手として執筆した2人が登壇して沖縄の生活史を巡って感想などを語り合った。

 自身の母親から聞き取りした真境名育恵さんは、口数が少ない母親を前にして「母の語りを聞くために積極的に受動的になることがとても難しかったです。録音を聞いたら、自分でも嫌になるくらい誘導していて、聞き取りをやり直しました」と苦労を語った。

パネルディスカッションで聞き手を務めた感想を語る真境名育恵さん(中央)

 一方、両親の友人から聞き取りを行った具志堅大樹さんは、内容を文字起こしすると最初は7万字に及んでいたという。「時間をおいて、強烈に記憶に残っている所をどんどん残して削っていきました。少なくともこれだけは、と思っている部分だけでも1万8,000字あって…」と編集に苦心したことを振り返った。

「建築資材みたいに分厚い本ですが(笑)、沖縄全体を考えると全然“薄い”本だと思います。これを第1巻にして、続きをみんなでやってもらいたい」と岸さん。聞き手、語り手として参加した人たちに繰り返し感謝を述べながら、「あとはジュンク堂(那覇店)に積まれている本が売れ残らないようにどうかよろしくお願いします」と付け加えると、会場で笑いが起きた。

 同書の編集委員で、パネルディスカッションを進行していた沖縄タイムス記者の福元大輔さんは「100人の生活史を集めることで、『これが沖縄だ』と言えるような本に近づいたし、意義のある本になったと思っています」とまとめた。

■関連リンク
☆みすず書房『沖縄の生活史』特設サイト

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真栄城 潤一

投稿者記事一覧

1985年生まれ、那覇市出身。
元新聞記者、その前はバンドマン(ドラマー)。映画、音楽、文学、それらをひっくるめたアート、さらにそれらをひっくるめた文化を敬い畏れ、そして愛す。あらゆる分野のクリエイティブな人たちの活動や言葉を発信し、つながりを生み、沖縄の未来に貢献したい、と目論む。

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