「ス゜」ってどう読む!?しまくとぅばの表記法

 

 沖縄県内各地域で受け継がれてきたその土地の言葉「しまくとぅば」。文化やアイデンティティの根幹とも言える“言葉”の保護・普及の重要性が叫ばれる中、昨年3月に沖縄県文化観光スポーツ部がしまくとぅばの「表記」の方法をまとめた。

 その中には「サ゜」「イ゜」など、現代日本語にはない表記法も多く存在する。県として表記法を統一することで、しまくとぅばの普及・継承や地域ごとの多様性の理解に役立てる狙いがある。沖縄県の取り組みと共に、台湾のテレビ局「原住民族電視台」の取り組みも例示しながら、言語継承について考える。

そもそも「しまくとぅば」とは

 しまくとぅば、うちなーぐち、琉球諸語など、「沖縄の言葉」を指し示す単語は多くある。

 沖縄県しまくとぅば普及センターが運営するウェブサイトによると、しまくとぅばの説明として「しまくとぅばの『しま』は村落、島をあらわすだけでなく『故郷』の意味も持ちます。よって、しまくとぅばとは『故郷のことば』といえます」とある。

 うちなーぐちについては「広い意味では沖縄本島とその周辺離島の諸方言をさし、狭い意味では沖縄本島中南部の方言をさします」との説明がされている。

 琉球諸語は沖縄語や宮古語、八重山語などの琉球諸島各地の各言語を指し示す意味合いがある。独立した言語であるかは論争がある一方で、ユネスコ(国連教育科学文化機関)は言語と方言を区別せずに全て「言語」として統一しており、その上で八重山語、与那国語、奄美語、国頭語、沖縄語、宮古語が消滅の危機にあるとしている。

琉球諸語の分類。引用元(https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=75013134)Garam, Attribution

「正書法」ではなく「県としての表記法」

 表記法が定められたのは、しまくとぅばで文章を書く際に必要で、普及・継承の効果を高めるためにも、仮名文字表記を確立する必要があったからだ。また、しまくとぅばには現代日本語にない音があるため、研究者などによっていくつかの表記法が提唱されていたが、これまで統一されたものがなかった。

 県が定めた表記法は国頭、沖縄、宮古、八重山、与那国の5地域それぞれで定められている。県文化観光スポーツ部文化振興課文化振興班の小橋川健康班長は「あくまで県が(しまくとぅば)を表記するためのもので、これまでに各地域や研究者が使っていた表記法を否定するものではありません」と話しており、“正書法”とは別の考え方だ。

 続けて、表記法を定めるメリットの一つとして小橋川班長は「書き示すことで各地のしまくとぅばを比べることができて、沖縄の中でも言葉の多様性を理解することができます」と挙げる。

 沖縄県としても「沖縄21世紀ビジョン基本計画」の中でしまくとぅばの普及継承を重要施策として位置付けてきた。同課の宮平秀悟さんは「言葉が消滅すると、組踊や琉球舞踊などの文化も衰退していくことが危惧されます」と、言葉と文化が密接に結びついていることを語る。

県民はしまくとぅばに親しみ

 2022年2~3月に沖縄県が18歳以上の県民を対象として2830件の回答を得た「しまくとぅば県民意識調査」によると「しまくとぅばを主に使う」が1.7%、「しまくとぅばと共通語を同じぐらい使う」が12.3%だった。

 ただ、10代の回答でも「しまくとぅばと共通語を同じぐらい使う」が11.6%を占めていることや、友達同士の会話で多く使うとの集計結果が出たことから、琉球諸語の語彙などが日本語に取り入れられた、いわゆる「ウチナーヤマトグチ」と、「しまくとぅば」との違いがあまり認識されていない可能性も考えられる。

 また、同調査によると、しまくとぅばに「親しみを持っている」「どちらかと言えば親しみを持っている」と答えた人が計73.2%に上っていることから、全体として肯定的な印象を持たれていることが分かる。

宮古語の「ス゜」

 現代日本語の表記にはない文字表記や音がある。例えば、宮古語の「ス゜」は、日本語の「す」と「つ」の中間のような印象の音だ。

 音として分かりやすい例は、ミャークフツ(宮古口)で歌うシンガーソングライター・下地イサム(旧名:下地勇)の楽曲中にある。

 下地の代表曲の1つでもある『おばぁ』の一節だ。以下のYoutube動画の0:57地点で「ふたーす゜まーつき」と歌っている。

 また、沖縄語での「ワー」は「私」を表すが、「?ワー」(※「?」は上部に小さく表記)は「豚」を表す。このように「音と意味が連動しているもの」については表記自体も違うが、「地域差で音の微妙な違いはあるが意味の違いは無いもの」については同じ表記にしているなどの工夫がされている。

 これらの表記法は、発音記号と共に以下のページに示されている。
 沖縄県における「しまくとぅば」の表記について | 沖縄県

台湾の「原住民族電視台」

 言語の保護や普及の観点から、先進的とも言える台湾の取り組みがある。

 台湾は中国大陸からの移民が盛んになる17世紀以前から住んでいる先住民族がいる。政府認定の16民族の他にも多くの民族集団がおり、その総人口は50万人以上。台湾人口の約2%に相当する。しかし、大半の人は日常生活に中国語を使っており、もともと使っていた言語は沖縄のしまくとぅばと同様、消滅の危機にさらされている。

 そんな中、先住民族の文化や諸問題に特化した公共テレビ局「原住民族電視台」が2005年に開設された。原住民という表記について、台湾では「先住民」とすると「もう消滅した民族」との意味が含まれてしまうため、当地では「原住民」とする方が適切だとされる。

 出演者やアナウンサーは台湾原住民が大半で、番組中で原住民の言語が使われる際には各言語の字幕表記の他、中国語訳字幕も付けられる。

「原住民族電視台」の番組例。台湾原住民の男性がその民族の言葉を使って話す。

 前述の「しまくとぅば県民意識調査」では、しまくとぅばを使わない理由として「必要がない」「使う環境にない」「馴染みがない」という意見も多く寄せられていた。各地のしまくとぅばのネイティブスピーカーも、このままだと世代の入れ替わりと共に減少していく一方だ。

 メディアなどでしまくとぅばを使う際には、次なる問題として「どの地域の言語を使うのか」という問題が生じる。地域ごとに受け継がれるそれぞれのしまくとぅばについて、“中心とそれ以外”というような序列を作ってしまいかねないからだ。それでもなお、日頃からいかにしまくとぅばに接する機会を作れるのかが言語復興の鍵ともなりそうだ。

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長濱 良起

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フリーランス記者。
元琉球新報記者。教育行政、市町村行政、基地問題の現場などを取材する。
琉球大学マスコミ学コース卒業後、県内各企業のスポンサードで世界30カ国を約2年かけて巡る。
2018年、北京・中央民族大学に語学留学。
1986年、沖縄県浦添市出身。著書に「沖縄人世界一周!絆をつなぐ旅!」(編集工房東洋企画)

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