隠蔽? 中部病院クラスター公表遅れ問題 専門家はどう見たのか

 

 6月末の沖縄県議会で、県立中部病院で発生した新型コロナウイルスのクラスターについての公表が遅れたことが問題視された。5月下旬から6月半ばにかけて同病院で患者36人、職員14人の計50人が感染し、患者17人が死亡。「隠蔽ではないか」との批判まで一部にあった。県と医療関係者との間で公表のあり方や責任の所在を巡って、玉城デニー知事が厳しい追及を受け、県の専門家会議委員でコロナ対策のキーパーソンだった医師が辞任するなど、さまざまな形で問題が波及した。

「病院が隠蔽していたという話にはなりませんが、県知事サイドと病院サイドの意見の一致があまりできていないという印象を持ちました」と語るのは、関西学院大学で公共政策と医療制度を研究する宗前清貞教授。かつて琉球大学で14年間教鞭をとり、県内の医療情勢にも詳しい宗前教授にこの問題について改めて話を聞いた。

宗前清貞教授

 ―今回の騒動にはどのような印象を持ちましたか。「隠蔽」というワードも出てきましたが。

宗前清貞教授(以下、宗前教授):報道された経緯や厚生労働省のガイドラインにも改めて目を通してみました。確かに、50人もの大量の患者が出て、しかもその死亡者が5人じゃなくて17人でしたというのは、一市民の感覚からすると「なんだそりゃ」という話にはなるとは思うし、違和感を持つのも分かります。

 ただ、公開された関係者のメールなどに特に悪質なところは感じませんでしたし、高山義浩医師(県立中部病院)も説明していたように、クラスターが発生したにもかかわらず何の措置もしてなかったとか、その発生が病院側の油断が原因だったとかならなともかく、そうした明らかに病院に責任がある事実が確認されたわけではありません。

 その一方で、県知事サイドと病院サイドとの意思の疎通があまりできていないという印象は確かに持ちました。さらに、病院サイドの中でも県病院事業局側と各病院側との関係性についても、対立しているわけではないにしろ、必ずしもやりとりがスムーズにできていなかったのではないかと思うんです。この点が、当初感染者数や死亡者数などの数字がきちんと出なかったことの最大の原因だと考えます。情報が集約されているのであれば、そんなことにはならなかったはずです。

 でもそれが「病院が隠蔽していた」という話にはならないでしょう。中部病院の場合は他の高度な医療も供給しており、もしもクラスター発生によって全ての医療機能を中止するということになれば、コロナ以外の部分で人が死ぬことになる。そうした事情も含めての判断が「公表基準には該当しない」ということになったのだと考えています。

 ―情報公表の基準についてはどう考えてますか。

宗前教授:留意しておきたいのは、厚労省ガイドラインの方針が「情報を共有することで予防する」という方針で一貫していることです。さらにそこには、どこの誰が感染したのかということを特定することで差別されたりしないようにするための人権への配慮もセットになっている。

 感染者の行動経路で接触の疑いがある人がいた場合、“予防措置”としてどこまでの情報を提供するのか、あるいは制限するのかということを決めておかないと、無限に情報を出せばいいということになり、容易に個人の特定につながって問題が生じることになります。公表は懲罰でも何でもなく、あくまで予防が目的ということなんです。しかも「あそこの病院でクラスターが起きたらしい」という風評が広がると、スタッフや通院患者にも差別が生じます。残念ですがそれが実態です。その結果、通常医療が阻害されることもあるので、そうした配慮も厚労省ガイドラインには含まれているんです。

 公表するのであれば「何のためにどういう根拠に基づいて公表するのか」ということを、厚労省のガイドラインとは別の新しい基準を設けた上でしなければならないでしょう。そうしなければ今後、中部病院のケースは公表するが、他ではしないといった非常に恣意的な判断も後に出てきてしまう可能性もあります。高山医師も述べているように、病院側は状況説明の意思があり、県側もそれを止める意図はなかった。基準を巡って双方の“意思の一致”が図られる前に事態が展開した、という風に私は理解しています。

 ―県議会では現県政を糾弾するような文脈で取り上げられました。メディアでの報道のされ方も含めてどう感じましたか。

宗前教授:正直、この問題を政局にし過ぎている面があるように思います。対応に疑問があって公の場でそれを質し、説明を求めるのは当然のことです。しかし、議会もメディアも、そして行政も、医療の専門知識を扱う上で「ここが分からないがどうなっているのか」「医療の仕事が滞りなくできるためにはどこまでやったらいいのか」ということの線引きはもっと丁寧にすべきでした。医療の専門知識に基づく判断と一般的な感覚との間にズレが生じることは、ままあることなので。

 今回のようなケースで医療の専門家が事実を煙に巻くというのはまずあり得ないと思います。高山医師にしても椎木創一医師(中部病院)にしても、関係する医師たちが専門家として極力丁寧に説明しようとする姿勢は常にあったでしょう。ですから、隠蔽ありきの追求をして県政の足をすくうような形で問題が波及してしまったり、県の専門家会議から医師が辞任してしまったりするような流れは、医療関係者への敬意を欠いているのではないかと思います。

 ―今回の件で浮き彫りになった問題点をどう考えますか。

宗前教授:本当は沖縄はこと医療に関しては、専門知識をハンドリングして上手くやっていける条件は整っていたと思うんです。中部病院は日本臨床感染症界のパイオニアである喜舎場朝和医師が在籍していたことで「中部病院といえば感染症」と全国的にも知られているくらい、感染症内科は昔から充実していました。高山医師のようなレベルの感染症内科医たちは、当たり前のようにそこら中にいるわけではないんですよ。その意味で言えばものすごくラッキーな環境だった。

 そんな中部病院が県立病院としてここまで県のコロナ対策をサポートをしてきていたわけですが、今回の件で高山医師が専門家会議委員を辞任する形になったのは沖縄のコロナ対策にとってかなりの痛手になるだろうし、これは高山医師だけの問題ではありません。これまで積み上げられてきた中部病院の“ブランド”を台無しにしてしまったことは否めないとも思いますし、全国の感染症に関心がある医療関係者からは「沖縄何してるんだよ」というため息が漏れているかもしれません。感染症対策に関してこんなに恵まれた状況にあったのに、行政はそれさえ使えこなせなかったのかという脱力感を覚えます。

 行政やメディアは専門知識を持つことはできないので、それをどのようにコントロールするのかが重要です。とりわけ医療は県民の命にも関わるし、今後のコロナ対策のあり方も左右する重要な分野です。それを踏まえた上で、専門知識の扱い方について改めて考えるべきだと思います。

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真栄城 潤一

投稿者記事一覧

1985年生まれ、那覇市出身。
元新聞記者、その前はバンドマン(ドラマー)。映画、音楽、文学、それらをひっくるめたアート、さらにそれらをひっくるめた文化を敬い畏れ、そして愛す。あらゆる分野のクリエイティブな人たちの活動や言葉を発信し、つながりを生み、沖縄の未来に貢献したい、と目論む。

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