文化としての「食」に向き合う 棚橋俊夫さんの精進料理(1)

 

 「料理人の役目は、理(ことわり)を料(はかる)こと。理は、あらゆる自然界の尊厳を知ることです。その上で、その恵みをどのように調理し、食べ物として相応しい清らかなものが作れるか常に試されている。決して、計量カップでは計れるものではない。」という。こうした伝統的な哲学も含めて、表現された料理と向き合うことで自身の日常の生活を顧みてほしい。文化と言えるレベルの「食」を意識して考えるきっかけを作りたいというのが棚橋さんの願いだ。

 「先ずは野菜に触れて、誰が、どこで、どのように作ったかを想像します。その思いを汲み取り、さらに料理して魂のバトンを次に渡すのですから、手間ひまを惜しむなど考えられない。でも、それで本当に喜んでもらえるかは別ですけどね。」と付け加えて笑った。

野菜に向き合い、仕込みに手間は惜しまない

島野菜と公設市場

 棚橋さんは27歳の時に勤めていた会社を辞め、滋賀県にある禅寺「月心寺」で3年間修行し、精進料理を習得した。「禅寺ということもあり、全くの異次元だった。厳しい教えを受けながら、早朝から晩まで息つく暇もなく勤しんだ。」と振り返る。現在ではきちんとした作法に則り、修行として精進料理を実践している仏教関係者が少なくなっているという。「私の師匠は、精進の精神を厳しく体現していた本物のお坊さんだったという思いが日増しに強くなっている」。師への感謝と尊敬の念は揺るぎない。

 無事に印可を授かって寺での修行を終え、東京の表参道に精進料理店「月心居」を構えた。開店前の2週間、今から30年余り前に初めて沖縄を訪れ、内地には無い様々な野菜に目を見張り、文字通りの「自然のパワー」に圧倒されたという。以来、島野菜を取り寄せて店の料理に取り入れた。
 暑気払いのオリジナルの夏メニューには、島野菜の力は欠かせなかった。当時珍しいゴーヤ、ハンダマ、長命草、ヘチマ、田芋、クワンソウ。ゴーヤは種もワタも残して輪切りにし、醤油をかけてステーキにする。ハンダマはご飯も酒も進むの辛子醤油和えにし、豆腐ようはソースの隠し味にして、その深い味わいと風味を生かした。店を訪れる人たちは、初めて口にする味や食感に驚き、島野菜の精進料理は好評を博したという。

 島野菜を最初に目にした那覇、牧志の公設市場には、当時は、「採れたての野菜が山のように並んでいた」
 精進料理を広める為に、現在世界を巡る中で、各地の市場を多々見て回った経験から、「市場は地域の人間の真の豊かさを計れる場である。それはまさに『命の現場』であるからだ。生命力あふれる食べ物がたくさん並び、人々が生き生きとしたやり取りをしていれば、そこが健康的で魅力ある地域ということ」と語る。

精進料理の食材。ゴーヤーも並ぶ


 現在那覇市で建て替えが進む牧志公設市場にも、かつてはたくさんの八百屋が並び、野菜が山積みにされていた。しかし「活気のあった風景が消えてしまった」。健康長寿が少し前までの沖縄の特徴だったが、今では全国でもワーストの“メタボ県”だ。「市場から野 菜がなくなれば、その町の人たちが不健康になってしまうのは当然のことだ」と喝破す る。加えて、長らく「庶民の台所」とされていた公設市場が観光地化されていまい、地元 の人たちの足が遠のいてしまっている現状も危惧している。「人々の生活に根付いた食文化の存在が希薄になっている。沖縄もそうだが、今は日本全体がそうした傾向にあるのは寂しいことだ」という憂いを隠せない。

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