ウクライナ出身女性「申し訳なくて遊びに行けない」侵攻から1年間、週7で働く理由

 

 ロシアがウクライナに侵攻してから2月24日で1年が過ぎた。現在もウクライナ東部や北部を中心に戦闘は続いており、収束の見通しは立たないままだ。2014年に琉球大学に留学したことを機に沖縄県内で暮らすウクライナ・キーウ出身のオレナ・ボガイエヴスカさん(30)はこの1年間、自国に残る家族や友人のことを考えると「自分だけが楽しい気持ちになることが申し訳なくて、遊びにも行かないようにしています」と話す。会社員としての仕事と並行し、日本国内のウクライナ人避難者向けのコールセンター業務などいくつもの仕事を掛け持ちしているのは、家族への仕送りと自国への寄付のためだ。ロシアに対しては「侵攻の大義名分として『ウクライナにいるロシア人を守るため』とかって言いますけど、それが攻めていい理由になりますか?むしろ攻撃することで、ウクライナ国内のロシア人や親ロシア派の人まで殺されているんですよ」と批判の声を緩めない。

「始まった」「何が?」

 2014年にウクライナ南東部クリミア半島と東部ドンバス地方で起きた軍事衝突から今に至るまで紛争は続いている。いわゆる2022年の「ロシアのウクライナ侵攻」は、侵攻開始3日前の2月11日に、ロシアがウクライナとの国境付近に軍事力を集結させたことが決定的な前兆ともなった。「もしも戦線が拡大するにしても、東部から徐々に拡大すると思っていて、全国一斉に攻撃されるとは思いませんでした」とオレナさんは振り返る。早朝の爆発音でウクライナの人々は飛び起きた。

 「始まった」「何が?」「ニュース見て」- 昨年2月24日にあった友人とのやり取りだ。本来ならば去年の夏に里帰りし、家族や友人と3年ぶりに時間を過ごすはずだったオレナさん。命の危険はもちろんのこと、ウクライナの通貨フリヴニャが安くなっていることや、産業の低迷、貿易への支障などで経済的なダメージも大きい。安全な場所で生活する自分ができるだけ多くのお金を稼いで支えになろうと、週7で働く日々を続けている。「肉体的にも精神的にもつらいですけど、今は『戦う』という気持ちで前向きに頑張れています」と話すものの、絞り出すように見せた笑顔の向こう側にはやりきれない悲壮感さえ漂わせる。

第一言語のロシア語を話すことを辞めた

ウクライナ・キーウの独立広場

 旧ソ連の構成国でもあるウクライナとロシア。しかしソ連崩壊後に生まれたオレナさんや同世代の人にとっては、ロシアは「隣にある完全に別の国」という感覚だ。ウクライナの地域にもよるが、オレナさんが生まれ育ったキーウではもともと、学校教育ではウクライナ語、日常生活ではロシア語を話す人が多い。オレナさんにとってロシアは「親戚や友人がいる人も多く、共通の言語もあるのでコミュニケーションが取りやすい」という身近な存在でもあり「2014年の軍事侵攻まではロシアに対してネガティブな印象はありませんでした」と話す。

 この1年間で身近な人が命を落としたり、戦闘の最前線へと送られたりという現状に直面してきた。日常的にロシア語を話していた自身のアイデンティティを見つめ直し、昨年2月24日からオレナさんは、ロシア語を話すことをきっぱりと辞めた。「私の周りの人々は8割方がロシア語を話すのを辞めました。母は現在53歳で、これまで52年間もロシア語を話してきたのですが、意識してウクライナ語だけを話しています」

広がる陰謀論に絶望した結果

 オレナさんは「ロシアで流れているニュースは、でたらめです。普通に知識があって冷静に判断できる人ならば、信じるわけがない情報も平気で流しています」と批判する。「『ウクライナにNATOの秘密基地がある』とか『ロシア人だけに有効な生物兵器をウクライナが開発している』とか、スパイ映画みたいな陰謀論を垂れ流しています」。そして、とてもショックだった出来事があった。一緒に旅行に行くほど仲の良かったロシア人の友人が、そんな情報を鵜呑みにしてしまったことだ。「単純に“ロシアがウクライナを攻撃している”という構図なのに『全部アメリカが裏で操っている』とか、そういう話をするようになりました。大学も出て知恵もあって、世界中旅をして見識も深く、自国の政府批判すらしていた人だったのに。まともにこちらの話を聞いてくれなくなりました」。それ以来、オレナさんはロシア人との会話を閉ざしてしまうようになった。

上昇するプーチン政権支持率から見えること

 ロシアがウクライナへの侵攻を開始した当初、ロシア市民の側から戦争の終結に向けてアクションが起こるはずだと期待していた部分があった。しかし結果は逆で、ロシア国内におけるプーチン政権の支持率は上昇し、約8割に上っていると独立系の世論調査機関によって報告されている。これに対してオレナさんは「世界中から『ロシアは悪い』と言われていることへの“反動”なのでは」と分析する。

 「誰かに『悪い』って言われたら素直に認めたくないのが人間なのかなって思います。だから『アメリカが裏で操っている』っていうふうに理由を付けてしまうのではないでしょうか。弱い立場になってしまった分、洗脳されやすくなっているのだと思います」

 また、両国の政治体制に見る国民性の差にもその理由を見出す。ウクライナでは政府に不満があるとデモが起こるなど、市民の側から立ち上がることはごく自然なことだという。そんな中、オレナさんの目には多くのロシア国民はこう映っている。

「ロシアは帝国だという誇りがあって、強いリーダーの下に服従するという考え方が根強いのかもしれません。ロシアの生活環境は貧しくて、特に田舎の方に行くと、冬はマイナス30度にもなるのにトイレは共同で外にあるとか、ガスが通っていないことも多いです。そんな状況に置かれているのに、政府に対して反抗する気持ちがないのは考えられないことです」。さらに言葉を強める。「今のロシアの国家自体が、一度解体されて生まれ変わらなければ何も変わりません」

#safelife

 オレナさんは、ウクライナからの避難者が沖縄にやってきた時に、通訳者としても支えになった。「もっとウクライナのために何かやりたい気持ちがある」。自身のインスタグラムで最後に投稿したのは1年以上前、2022年のウクライナ侵攻が始まってすぐだ。日本国内に住むウクライナ人に向けて、寄付に関する情報をウクライナ語で提供したものだった。ハッシュタグには「#safelife」。ウクライナの安全な生活を願うとともに、安全な場所にいる自分だからこそできることを、あの日からずっと続けている。


長濱 良起

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フリーランス記者。
元琉球新報記者。教育行政、市町村行政、基地問題の現場などを取材する。
琉球大学マスコミ学コース卒業後、県内各企業のスポンサードで世界30カ国を約2年かけて巡る。
2018年、北京・中央民族大学に語学留学。
1986年、沖縄県浦添市出身。著書に「沖縄人世界一周!絆をつなぐ旅!」(編集工房東洋企画)

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