台湾で人気“縁筆書家”Soyamax 末期がんサバイバーが文字に宿す生命力

 

 台湾各都市を歩けば、この“赤髪の書家”の書いた文字を至るところで見ることができる。「縁筆書家」として活動するSoyamax(39)=本名:曽山尚幸さん=。お店の看板や企業ロゴ、商品パッケージや映画の題字まで、これまでに商品化された作品は「実際のところは多過ぎて分かりません。200から1000の間ぐらいでしょうか」と話すほど、台湾で売れっ子書家となっている。人気の理由の一つは、筆からにじみ出るその躍動感と生命力だ。Soyamaxの書から“命の証”を感じられるのは、まさに本人が18歳の時に末期がん (悪性リンパ腫ステージⅣ期)を患い、2年間の闘病を乗り越えたサバイバーだからだ。

沖縄でキャリアをスタート

 新潟県出身のSoyamaxは2008年に沖縄に移住。2013年から書家としての活動を本格化させ、拠点を沖縄に置きながら約20カ国の路上やギャラリーなどで活動した。移住から10年が経った2018年に新潟に戻った後、「これまで行った国の中で一番高い評価をもらえた」という台湾に軸足を移した。2020年のことだった。「とにかく沖縄は居心地が良すぎました。ただ、書家として仕事をやっていく上では一度沖縄を出なければならないなとの思いがありました」と、外の世界でさらなるステップアップを目指した。

「書く。どこでも、何にでも。」

 筆者が2023年1月に台湾・台南市を訪れた際、滞在は1日だけだったにも関わらず、街中でSoyamax作品を多く目にした。ふと立ち寄った串焼き居酒屋のカウンターに貼ってあったロックバンドのステッカー、バーガー屋の店主が差し出した果実酒のパッケージ、有名エッグロール店の巨大看板もそうだ。

大きな看板のSoyamax作品=台南市、1月

 Soyamaxはこのような企業案件の他にも、書道パフォーマンスや「時間制書かせたい放題サービス」など、さまざまな形で書を提供している。Instagramでイベント出没情報を載せると、それを見た人々が現地へ足を運んでは、書を手にしてSoyamaxと写真を撮っていく。鮮やかに赤く染めた髪は、遠くからでもすぐに彼だと分かる。「キャラ付けのためですよ」と笑うが、台湾では赤は縁起の良い色。ブランディング戦略もしっかりと積み上げていった。

 金銭的な評価はもちろん、社会的な評価も上がっていき、台湾や中国では「老師」(=先生)と呼ばれるまでになった。モットーは「書く。どこでも、何にでも。」- タトゥーデザインの依頼も多くあり、自らの肉体にSoyamaxの文字を刻んで人生を生きていく人もいる。

自身が書いた商品パッケージとともに=台南市、1月

18歳で末期がん

 そんなSoyamax自身の人生は、若いうちに巨大な困難が待ち受けた人生だった。高校を卒業した4月に東北電力に就職したわずか2カ月後には全身転移の末期がんと診断され、抗がん剤治療を開始した。4カ月間ほどは過酷な治療の副作用で「地獄みたいでした」。気持ち悪いし嘔吐はするし頭は痛いし歩けない。何もする気が起きなかった。医師からは「あと半年生きられるか分からない」と告げられていた。

 その“地獄”の度合いが少しは落ち着き始めた時、現在のSoyamaxにつながるような転機が訪れた。これまでいた宮城県内の古い病院から、新潟県内の新築の病院に移ったことだ

 「新築っていうことで何もかもが違うんですよ。照明は明るいし、トイレはきれいだし、窓からは海も見えますし。とにかく『何かをしてみよう』っていうモチベーションにつながりました。治療環境ってものすごく大事です。あと、きれいなナースがいたので、若い自分としては元気にもなりますよね(笑)」

 「自分は18歳で死ぬと思っていた」と振り返るSoyamax。新築の病院で高まった漠然としたモチベーションは、筆ペンを握って何かを書き残すというエネルギーに変わっていた。「ただで死ぬわけにはいかないなと。今考えたらお世辞だったかもしれませんが、書いた字を周りの人から褒められて、生きがいになっていきました」。18歳を生き抜き、19歳で受けた骨髄移植で血液型はB型からO型に。20歳で晴れて退院することができた。

 人生を書き残すところから始まったSoyamaxの書。「O型の誰か」につないでもらった命の歴史こそに、冒頭で述べたような「躍動感と生命力」の根源があった。

筆が紡いだ笑顔と縁

(Instagram @soyamax より)

 いわゆる師匠を持たず、独学で突き進んでいったSoyamaxに対して、悪意ある言葉をかける人も少なくなかった。銀座で個展を開く機会に恵まれた時には「恥ずかしくないの?」と言ってくる人もいた。SNSのメッセージで傷つけてくる人もいた。しかし今では逆に、書の先進地とも言える台湾の大学生が「勉強させてください」と会いに来てくれる。

 Soyamaxが書をする理由は明快だ。どこの国であろうと、筆を振るう自分の周りに集まってくれた人々がわくわくした表情を見せ、少し前まで他人同士だったのに、その場で縁を結んでくれることが何よりもうれしいからだ。

 「縁を結ぶ」ことが喜びである以上、Soyamaxは意外にも書家としての自分にはそれほど固執していない。8年間料理人をしていた経験から「いずれは食堂みたいなことをやりたい」とも語る。「結局、人と飲み食いしながら喋っているのが一番楽しいんですよ。それで、お店の一角に書道スペースを作って、字を書いたり、書いてもらったりっていうのができればいいな」

 Soyamaxは自身のウェブサイト内で、自身の活動に対する想いをしたためた文章の1文目から、世界平和の礎を作りたいとの思いをぶつける。「どこかに海外旅行へ行くときには、筆ペンを持って行くと良いですよ。下手くそでも良いんです。漢字でもひらがなでも書いて渡すと、喜んでもらえますよ」。そうやって筆の力を信じるのは、筆が今までたくさんの笑顔を生んできたことを知っているからだ。

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長濱 良起

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フリーランス記者。
元琉球新報記者。教育行政、市町村行政、基地問題の現場などを取材する。
琉球大学マスコミ学コース卒業後、県内各企業のスポンサードで世界30カ国を約2年かけて巡る。
2018年、北京・中央民族大学に語学留学。
1986年、沖縄県浦添市出身。著書に「沖縄人世界一周!絆をつなぐ旅!」(編集工房東洋企画)

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