【復帰50年】「劇場が街を作り出した」戦後~復帰の大衆娯楽と沖縄

 
映画ポスターを見る少年たち。1959年撮影。

 こうした芝居文化の隆盛があった一方で、映画文化の波も並走するように大きくなり始めていた。戦後沖縄では、映画上映のためのフィルムを公式に入手できるルートが存在しなかった。そのため、台湾や日本本土から沖縄に密輸されていたフィルムの上映が横行していたという。

 平良さんは「正式にフィルムを日本本土から“輸入”できるようになった1950年ごろは、ちょうど日本映画の黄金期と重なります。需要も大きかったので正にビジネスチャンスでした」と指摘する。また、上映フィルムを割り当てられていた会社の名称には復帰前ならではのある要素が見つけられる。

「例えば『琉映』と略されていた『琉球映画貿易株式会社』は、文字通り“日本から映画を輸入する”ための会社でした。『りうぼう』の琉球貿易商事と同じで。この意味で、“貿易”という言葉には復帰前の沖縄のあり方が象徴されていると思います」

短期間だった芝居と映画の隆盛

 フィルムの輸入が正式に認められ、県内各地での上映ができるようになったことで、映画人気は爆発。多くの芝居小屋が映画館として変わっていくことになった。「1960年当時の新聞報道ではその時点で稼働していた県内の映画館が120館あったという記述もあります」と平良さんは説明する。

 ただ、戦後から復帰にかけてのスパンで振り返ると「沖縄芝居と映画の流行りは重なっており、期間としては実は短い」という。映画が大衆に広がって10年もしないうちに、沖縄テレビ(OTV)放送開始がテレビ時代の訪れを告げた(1959年)。復帰以後までその流れは変わらず、稼働する映画館や劇場は減少の一途をたどる。

「60年代からは巡業芝居は衰退の一途をたどっていきます。テレビでの沖縄時代劇ドラマや芝居中継、また映画興行から撤退した沖映が沖縄芝居興行にシフトして豪華な公演を打つという例もありましたが、一方で役者で食べるのが難しくなりタクシー運転手に転職した方もいます。でも、役者たちが(芝居のシェアを奪った)映画やテレビを憎んでたかというとそうでもなくて、むしろ大好きだったといいます。映画やテレビの時代劇で披露される殺陣から学んだという話も聞きました」(平良さん)

那覇にあった「琉映」。1966年撮影。

復帰前後の沖縄に埋もれた「ヒント」

 テレビの時代に突入して、映画館や劇場は次々と街から消えていった。復帰後もその動きは継続し、90年代に入ると大型シネコン(複合型映画館)の「ミハマ7プレックス」が北谷にオープンし、その後も次々と郊外型の映画館が登場した。一方で、かつて多くの映画館が林立した国際通り周辺には、現在「桜坂劇場」を残すのみとなっている。

 沖縄はアメリカ統治下を経験したことに加えて東アジアの諸外国とも近いという立地もあり、日本本土とは違う条件下で歴史を重ねてきた。そうした前提を踏まえると、平良さんは「復帰したによって可能性が潰されてしまったことや、無くなったものはそれなりに多くあると思います」と語る。

「もちろん復帰しない方が良かったということでないですが」と付け加えつつ、「もしかしたら今後日本という枠組みに囚われずにやっていくためのヒントは、復帰前後の沖縄にあるかもしれません。それが今、復帰を振り返って考える意味の1つなのだと思います」と話した。

 復帰50年を経てもなお、沖縄に積み重なる課題は多い。この節目のタイミングを、歴史を振り返りつつ、今の沖縄とこれからの沖縄を考えるきっかけにしたい。

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真栄城 潤一

投稿者記事一覧

1985年生まれ、那覇市出身。
元新聞記者、その前はバンドマン(ドラマー)。映画、音楽、文学、それらをひっくるめたアート、さらにそれらをひっくるめた文化を敬い畏れ、そして愛す。あらゆる分野のクリエイティブな人たちの活動や言葉を発信し、つながりを生み、沖縄の未来に貢献したい、と目論む。

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