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「連絡はFAX、メアドは無し」 古き学校現場は変われるか。IT活用で“個別最適”の学びへ
- 2020/5/15
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「Society5.0時代に生きる子供たちにとって、PC端末は鉛筆やノートと並ぶマストアイテムです」
「1人1台端末環境は、もはや令和における学校の『スタンダード』であり、特別なことではありません」
上記の文章は、2019(令和元)年12月に発せられた文部科学大臣メッセージの一部だ。
2019年度補正予算で2318億円が盛り込まれた文部科学省の「GIGAスクール構想」。小中学生に1人1台のパソコン端末を充て、小中高特支校に高速ネットワーク環境などを整備する5年間計画だ。私立や国立の学校法人も含まれる。
PC端末1台当たり4.5万円を、校内ネットワーク整備費用を半額、それぞれ補助するなどして学校現場の改革を目指す。家庭のネット環境整備のため、Wi-Fiルーターが貸し出されるなどのフォローアップもされる。
「教科書と黒板」といった戦前から変わらない従来の仕組みから脱却し、デジタル教材を活用して「誰一人取り残すことのない“個別最適化”された学びの実現」を目指すという。得意な子にはさらに能力を伸ばすチャンスを、苦手な子にはしっかりと底上げできるチャンスをより提供できるようになる。
沖縄県内の現状と課題はどうだろうか。
【用語解悦】
Society5.0…サイバー空間とフィジカル(現実)空間を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会(内閣府資料より)
GIGA…すべての子どもたちに開かれた国際化と技術革新。Global and Innovation Gateway for Allの略。
“やる気のある自治体“では児童生徒に国からPC端末
前述の大臣メッセージでは、「ICT環境整備に取り組んできた自治体」や「これから着実に整備に取り組もうとする自治体」に対して「各自治体の首長のリーダーシップが不可欠です」「この機を絶対に逃すことなく(中略)関係者が一丸となって(中略)ICT教育の実現に取り組んで頂きますよう、心よりお願い申し上げます」と、呼びかけており、国の強い意志と自治体への発破かけが感じられる。すなわち、“やる気のある自治体”の技量が問われることとなり、この事業に乗り遅れた自治体は、学校現場のIT化・効率化に大きく乗り遅れ、子どもたちしわ寄せが及ぶと予想できる。
沖縄県内のある市町村の担当者は、インターネット環境の整備について「現地調査も含めて年内で工事を終わらせたいが、通常業務もあるためリソースが不足しています」と一筋縄ではいかない様子だ。
沖縄県の担当者は、県立学校に関して「GIGAスクール構想以前に校内のネットワーク環境構築は達成しています。職員によってICTの得意不得意があるので、研修を充実させたいです」と述べている。
「苦手な子をフォローし、得意な子に先へのきっかけを渡すのが、公平な学び」
県内でGIGAスクール構想の実現・普及に努める株式会社プラズマ(糸満市)の飯塚悟社長はこれまで約20年間、県内の公立中学校・高校で技術科の教員として子どもたちと接する傍ら、産学官で連携してIT技術の学びを深めるプロジェクト「でじらぼ沖縄」を主宰したり、高校生を自作のソーラーカーでオーストラリアを縦断するレース出場に導いたりするなどの実績を残してきた。
「興味があることに、子どもたちは自らどんどんハマり、深めていきます。全員一斉に同じ授業をすることは公平な学びとは言えません。一人一人に合わせて、つまずいてしまった子には隣で丁寧に教え、先に進みたい子には『あれもあるよ、これもあるよ』ときっかけを渡してあげることが公平な学びだと言えるはずです」
この考え方は、2018年に文科省が打ち出した、学びの「個別最適化」のコンセプトと上手くシンクロした。
飯塚さんによると、教育先進国と呼ばれるオランダやフィンランドでは「ティーチャー=教える人」という概念は15年ほど前からなくなっており「ファシリテーター=促進する人、支援する人」になり代わってきているという。
飯塚さんは「現場の先生が頑張っても、制度や仕組みが昭和30年代から変わらないことが問題です」と学校現場の変革に期待を寄せる。
「『工場労働者を大量に必要とした昭和型の人材育成』から脱却して『答えの決まっていない課題を自ら検証し、最適解を導き出す力』を育むことが、現代の国際流動性の高い時代に求められています。テストの点数ではなく、表現やコミュニケーションなどの力を引き出していく事に重点を置いた学びにシフトしないといけません」
さらに続ける。「何かを生んで作り出す人間を育てると、沖縄の国際競争力を引き上げて未来が明るくなるでしょう」
日本のIT化遅れ 産学連携でチャンスを
飯塚さんは、日本のIT化が「とてつもなく遅れている」と強く警鐘を鳴らす。教育分野に関しては、日本は授業中のデジタル機器使用時間がOECD加盟国の中で最下位との調査結果も出ている(2018年、PISA)
「IT環境の整備は、もはや車と道路を整備するのと同じです。例えば60年前の人は『車なんか金持ちだけが乗るものだ』と思って、田舎には道路が整備されていなかったと思います。でも今は誰でも車に乗るしそこにでも道路があります。それ無しの生活は考えられません。GIGAスクール構想は、その時代で言えば『車と道路を提供する』という意味です。やらないという選択肢は考えられません」
飯塚さんは、同構想の進捗度に関して、沖縄県は「最下位ではないが、最後尾グループ」だと指摘する。
この解決策の一つとして提示するのが、産学連携の促進だ。日ごろの業務が山積している教員の負担にも思いを馳せる。
「新しい学習指導要領には英語やプログラミングなど、現場の先生だけでは対応できないことが増えました。企業と連携していくことが大切です。特にGIGAスクール構想は民間が参入しやすい分野だと思います」。
実際に東京都の学校などでは、各学校と企業がそれぞれタイアップしてお互いに補いあっている事例もある。「学校教育は学校だけで担う、という時代からは前に進んでいます」と飯塚さんは話す。
同じく構想の実現に力を入れるのが、浦添市の新垣有太市議だ。その新垣市議はこう提案する。
「教員も導入そのものに否定的ではないのですが、教員の負担が増えていくのが一番の壁となっています。導入に向けて具体的な指針や方法論を示せば、現場も動きやすくなるはずでは」
保守的な学校現場に文科省もついに喝
そもそも、学校現場、特に公立学校では職場そのものの問題としてIT化が遅れている現状がある。本島南部の公立中学校に勤務する20代の男性教諭はこう話す。
「当然のようにメールアドレスがない」
民間企業なら社員一人一人にメールアドレスが割り当てられているのが一般的だ。「連絡事項はすべてFAXです。職員用パソコンはネットにつながっていないため、教材研究のための調べ物ができません。職員室にはネットにつながる端末がいくつかありますが、スペックが低すぎて使い物にならないレベルです。なので職場では自前のスマホでネットを使っています」
学校全体や市町村内全体で足並みを揃えて実行するという慣習も、新しいアイデアが活用しにくい保守的な土壌を生み出している。
「今回のコロナ休校で、子どもたちのためにオンラインを活用した授業を提案しても、最もらしい理由を付けては学校内部でシャットアウトされてしまいます。非常事態なのにも関わらず、です」
こういった現状を文部科学省も問題視している。GIGAスクール構想のオンライン説明会では「使えるものは何でも使って、できることからできる人から、既存のルールに捉われず臨機応変に、何でも取り組んでみる」ことを強調し、「現場の教職員の取り組みをつぶさない」と、強い言葉で訴えている。