海に浮かぶ小島だった「奥武山」湧き水とマジムン伝説が物語る歴史

 
奥武山の歴史スポットを紹介する案内板

 奥武山と言えば、広く県民に親しまれている運動公園、もしくは護国神社や沖宮のある参拝祈願の地というイメージがあるかと思う。

 この場所は、戦前までは海に浮かぶ離れ小島だった。現在でも那覇方面から奥武山公園へ入る際には、明治橋や那覇大橋を渡る必要があるので、なんとなく海や川に囲まれている感覚はある。しかし、小禄方面から向かう際には全くの陸続きになるため、かつてはそこに海が広がっていたことは想像し難い。セルラースタジアムやサブグラウンド、弓道場、そして鏡原町一帯まで元々は海で、奥武山から対岸の垣花まではもう一本の橋「南明治橋」が架かっていたのだ。

 今回は、奥武山の周辺からその名残をいくつか紹介しよう。

1945年の奥武山。二つの橋で結ばれているのが分かる

いまだ途絶えることのない湧き水

 奥武山の周り一帯が海峡だったことを示す分かりやすい名残の一つが「落平(ウティンダ)」と呼ばれる垣花側の海崖から湧き出ていた湧き水だ。

 今でもセルラースタジアムから県道7号線を挟んだ向かい側には、一角だけ不思議とこんもりした山のような場所があり、岩壁から水がチョロチョロと湧き出ている。昔ほどの水量ではないようだが、まだ途切れず湧き続けていることに感動する。そしてこの岩崖こそ、昔はここが海だったということをしっかりと伝えてくれているのだ。

現在でも僅かに水が湧き出ている「落平」

 当時、垣花の対岸にあった那覇は浮島という離れ島で、沖縄一の大商業エリアだった。しかし立地もあり、那覇の湧き水は塩気が多く飲むには適さなかった。そこで商人たちは垣花の落平に船を接岸させ樽に大量の水を汲み、それを那覇まで売りに行った。

Print Friendly, PDF & Email
次ページ:

1

2 3

関連記事

おすすめ記事

  1.  サッカーJ3のFC琉球が、第2次金鍾成(キン・ジョンソン)監督体制下の初陣を白星で飾った…
  2. 今季から琉球ゴールデンキングスに加入したアレックス・カーク(左から2人目)やヴィック・ローら=16…
  3.  FC琉球の監督が、また代わった。  サッカーJ3で20チーム中18位に沈む琉球は1…
  4. 戦前に首里城正殿前に設置されていたバスケットボールゴールを再現した首里高校の生徒ら=8月27日、那…
  5.  8月12日、浦添市のアイム・ユニバースてだこホール市民交流室は熱気が渦巻いていた。ステー…
宮古毎日新聞

特集記事

  1. 再びFC琉球の指揮を執ることになり、トレーニング中に選手たちに指示を送る金鍾成監督=19日、東風平…
  2. ヴィック・ロー(中央)の入団会見で記念撮影に応じる琉球ゴールデンキングスの(左から)安永淳一GM、…
  3. 沖縄県庁  沖縄県は、地域の緊張を和らげようと、4月から「地域外交室」を設置し、照屋義実副知…
ページ上部へ戻る ページ下部へ移動 ホームへ戻る 前の記事へ 次の記事へ