興南高校野球部監督・我喜屋優さん(上) 沖縄・野球人伝説③

 

 都会暮らしには中々なじめず、1年で実家に戻り、地元の中学校に入学した。野球部に入るつもりが、寄宮中学の分校には野球部がなく、「野球部をつくってください」と直訴したものの「新校舎になったばかりのガラスを割るから駄目だ」と先生たちにあっさり却下された。

 野球を諦め、バスケット部のキャプテンを務めながら、バレー、サッカー、陸上部を兼任、特に県の陸上大会では棒高跳びで当時の沖縄県新記録を出すなど大活躍。それを見ていた興南高校から入学のお誘いを受けた。「本当は首里高校で野球をやりたかったんだけどね」。なんと、興南高校へは野球ではなく、陸上での推薦入学だったのだ。

興南高校歴代の優勝旗や盾など所狭しと並ぶ

でっかい火鉢だ!!

 高校に入学するも、高校の棒高跳びで使用する「棒」が、木製ではなく「グラスポール」に変り、身体が小さな優少年ではどうしても〝しならない〟。記録がでず限界を感じると共に、となりでわいわい練習している野球部が魅力的にうつって仕方がなかった。「陸上は一人孤独な練習、野球は大勢でわっしょいわっしょいって」。

 思わず野球部監督に「参加させてください!」とお願いに行った。「陸上で入学したのに何を考えている!」。大人たちは反対した。しかし、朝は陸上、夕方は野球と二刀流の練習をこなしている姿を見かねた野球部監督が「野球一本にさせてあげられないか」と陸上部にお願いしてくれ、野球に専念できるように。優少年の粘り勝ちだった。

 ようやく念願の野球ができると思いきや、ボール拾いや雑用ばかりで、バットやまともにボールにさわることもできない。それでもお手伝いはお手の物。イヤな顔をせず黙々と先輩たちのために雑用をこなした。すると、その頑張りが認められ、興南高校が初めて夏の甲子園出場が決まった時、三年生の推薦で雑用の戦力として甲子園に連れて行ってもらえることになった。「パスポートが作れる!船にも列車にも乗れるぞ!!」。島の外の世界にわくわくがとまらなかった。

 長時間掛けて到着した甲子園球場。「うわぁ〜でっかい火鉢だ!!」と興奮し、スタンドから眺めた美しい緑のじゅうたん(芝)に胸が高鳴った。試合後には「今度は自分たちの力で甲子園に絶対来てやる!!」と心に誓った。

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