体に染み渡る滋味深い味わい 棚橋俊夫さんの精進料理(2)
- 2020/11/14
- 食・観光
食事も終盤、7品目は白味噌のリゾット。器は意図的に木を歪にした、珍しい「歪み椀」だ。しっかりとした歯応え残る米に甘い味噌が絡み、細かく刻まれたマコモが食感にアクセントを与える。添えられたソースはすりおろした梨にバルサミコ酢を加えてシナモンで風味づけしたもので、酸味と甘みが絶妙なバランスで一つに合わさっていた。
最後は甘味、ブドウとキウイの寒天寄せに紅芋団子が添えられた。果物本来の風味が際立つ穏やかな甘さが、口の中を和ませる。微かに塩気をまとわせて散らされたブドウの皮は不思議な食感を演出。紅芋団子には柚子の風味が効いており、食べ慣れていた紅芋を新鮮な味わいに生まれ変わらせた。
野菜だけとは思えない満足感
全ての料理を食べ終えると、心身ともに満足感が溢れた。それぞれの料理の物理的なボリュームもあったが、それ以上に、とても野菜だけの料理とは思えないほどの精神的な充足感もある。まるでずっと前から体が欲していたかのような感覚だった。もともと知っていた、食べたこともある野菜や果物の可能性が精進料理の手法によって引き出され、食材の魅力を再発見できる喜びと感動があった。他の参加者からも「こんなに充実した食事は初めて」「友人や知人にも食べてほしいし、知ってほしい」など、心震えた声が湧き上がっていた。
棚橋さんは「精進料理は奥深く、まだまだ可能性に満ちている。日本で最も古い料理だけれど、それが世界では最も新しい料理になりうる」と語っていて、その一端を身を以て味わうことができた貴重な経験だった。
毎日精進料理を食べることは当然、普通はできないし、家庭で日常的に実践することもなかなか難しいかもしれない。だが、1度でも「きちんとした精進料理を食べた」という経験があれば、実感を伴って記憶に残る。そのことが「食」と、ひいては「文化」にも意識を向けることのきっかけになる。ブランドや時流に乗った高額なものを食べることだけが贅沢というわけではない。食材と、食材の向こう側にある文化に向き合い、手間をかけたからこそ生まれる一品の価値を分かった上で味わえることが贅沢でもあり、豊かさでもある。そんな「食」の豊かさに改めて気づかされた食事会だった。