体に染み渡る滋味深い味わい 棚橋俊夫さんの精進料理(2)
- 2020/11/14
- 食・観光
香ばしく煎られたごまがすり鉢の中でパチパチと爆ぜ、一定のリズムを刻むすりこぎが耳に心地良い柔らかな高音を響かせる。
島野菜を使った「琉球精進料理」を仕立て、日本の伝統的食文化の技術と哲学を広める那覇市在住の精進料理人・棚橋俊夫さんの精進料理食事会に、仕込みの段階から参加した。たくさんの種類の野菜に触れ、皮をむき、すりおろし、火を入れ、手間も時間も惜しむことなく食材に向き合う。そして、労力を費やして作った料理を食す。その過程で、自らの日々の食生活を顧みると同時に、沖縄の過去や未来も含めた「食」を巡る文化と伝統について、考える姿勢を質すことになった。
「ごますり」から始まる
午後1時過ぎ、食事会場に到着するとまず、キッチンとカウンターに所狭しと並ぶ野菜の量に驚いた。この日は島野菜も含めて全部で46種類の食材を使用するという。この日は棚橋さんの他、有志が4人集まって仕込みを手伝った。
先ずは手を洗い、棚橋さんの指示を受けて枝豆やブドウ、みかんなど各種果物の皮むきに取り掛かる。いずれも1粒1粒形がきちんときれいに残るように、細かく地道な作業が続く。枝豆は薄皮も分けて、とっておく。これは後に出てきた料理に違う形で“出現”することになる。
「じゃあ、誰かごますりをやってもらおうかな」と棚橋さん。ごまは精進料理において、味付けや栄養価の面でも非常に重要な食材という。「ごまをすることから精進は始まるんですよ」。そう言いながら棚橋さんがすり鉢に入れたのは、600~700gのいりごま。普段の食卓ではあまりお目にかかれないほどの量だ。これを完全なペースト状の練りごまになるまでひたすらにするという。
せっかくだし、と思いごますりを志願した。「すりこぎの上に左手を乗せ、右手は真ん中に添えて。北半球の自然界の円運動に合わせて必ず反時計回りで」。指導を受けて、一定の調子で手を動かす。煎られてある程度水分が飛んだごまは、気持ち良い音を立てて弾け、その感覚が両掌に直に伝わってくる。木のすりこぎと陶器のすり鉢がすれ合う音も優しい。初めは新鮮な気持ちで手を動かしていたが、しばらくしてごまから油分が出始めくると、手応えが一気に重くなってくる。幾筋かの汗が背中を流れるのを感じながら手を止めずにいると、感触とともに香りの質も変わっていく。その過程を五感で味わうことを一人占めできたのは、とても贅沢で貴重な時間だった。右腕が悲鳴を上げていたとしても。
完全なペースト状になるまでに、1時間と少しの時間が経過していた。