旅行社社長が語るコロナ禍のリアル(下)

 
国際通り 沖縄ニュースネット
5月には国際通りを歩く観光客はほとんどいなかった

 コロナ禍で多くの業種が影響を受けるなか、とりわけ観光立県をめざす沖縄県にとって、海外観光客の減少は死活問題となっている。その中でも旅行者の送り出し、受け入れに直接関わる旅行社の影響は計り知れない。

 テーマ性のある台湾旅行に強みを発揮し、7月で創業40年を迎えた東亜旅行社も例外ではない。県行政の“前例踏襲主義”を横目に自ら高校の修学旅行を市場開拓した同社の林国源社長(66)に、台湾と沖縄の今後さらなる交流に向けた課題と展望について話を聞いた。

 なお、林社長への前回インタビューはこちら(https://hubokinawa.jp/archives/2400)。

——台湾と沖縄は距離的に近いにも関わらず、行政の“前例踏襲主義”で高校の修学旅行も福岡県の後塵を拝してしまいました。行政が動かないなか、福岡に赴き資料を入手して県内の高校を回り、自ら販路を開拓してきました。受け入れる台湾側にも工夫があるそうですね。

「『BSシステム』と呼ばれています。BSはBrother & Sisterの頭文字で、大学で日本語を専攻する学生がツアーに同行し、現地の高校生との交流イベントなどを盛り上げます。学生にとっても生きた日本語が学べるのでメリットがあります。ただ、この交流スタイルは人気が出すぎて、現地の高校生は通常の授業に支障を来すようになりました。そこで受け入れは年間1校にするように決めました」

電話料金気にしながらクレーム処理

——ところで、東亜旅行社は今年7月で40周年を迎えました。設立のきっかけなどを聞かせてください。

「琉球大学を卒業して『琉球華僑総会』で働くことになりました。台湾政府から駐在員が派遣され領事館の業務を担うもので、現在の『台北駐日経済文化代表処那覇分処』の位置付けです。私の業務はビザの発給とパスポートの申請で、これが後々役に立ちました。

 当時1980年代の台湾はまだ戒厳令下にあり、海外旅行が自由化されておらず、“業務視察”という名目で、しかも1人1年2回という制限がありました。団体が基本でガイドを付けることも義務付けられていました。県内外の旅行社にガイドを紹介するのですが、たまにお客さんと旅行社との間でトラブルが発生し、お客さんは『どうなっているんだ!』と華僑総会に訴えてきます。当時、電話料金は今のような定額プランがなく、電話料金を気にしながら本土にいるお客さんのクレーム処理に当たったものです」

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