那覇軍港問題 松本浦添市長に聞く “北側案”受け入れの背景(下)
- 2020/9/19
- 政治
しかし、翁長知事は浦添市案に路線変更することについて後ろ向きだった。自身が那覇市長時代から関わってきた現行案で2003年に県、那覇市、浦添市が一度は合意していることに加え、港湾内北側に軍港があった方が民間船舶出入りに支障が少ないなどのメリットを推していた。
2017年9月のこの会談が最後となったまま、知事の癌が再発してしまう。
どんどん痩せやつれながらも公務をこなす県知事を相手に、軍港移設問題で強く議論をすることが周囲から許される雰囲気ではなくなっていく。結局、移設に関する議論は進展を見せることがないまま、翁長知事は逝去してしまう。
2018年10月に新知事となった玉城デニー氏は、翁長氏の後継者として立候補し、当選した。玉城知事は、那覇軍港の浦添移設を含めて“翁長路線”を継承している。
早く決着を見たい国と米軍
防衛省サイドからも「もう(浦添市案は)難しいかもしれない」という声が上がり始めていた。米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設問題でこれだけ揺れる沖縄に、これ以上問題を作りたくないとの思いがあった。北側でも南側でも、とにかく早く決着を見せたい。そのために国と米軍は「地元合意があればどちらでもいい」とのスタンスを維持していた。
(引用元:浦添市HP https://www.city.urasoe.lg.jp/docs/2015051800118/)
松本市長は言う。
「とにかく国は移設を早く進めたいんです。SACO合意を早く進めることで基地負担が軽減されるという論理なので、その結果を早く示して立証したいんです」
松本市長の周辺では、かねてからこのような話が聞こえ始めていた。
「県と那覇市は絶対に現行案を譲らない。国は『地元合意があればどちらでも良い』と言っているが、もしも浦添市の側について沖縄県をつぶすようなことがあれば(辺野古や高江と同様に)また国が県を相手に強行したと言われる。それよりは、国も米軍も、県と那覇市の側について、松本だけ孤立させれば最終的に飲まざるを得ないだろう」