巨星墜つ 追悼・李登輝台湾元総統

 
2016年に石垣島を訪問した李登輝氏(砥板芳行石垣市議提供)

 台湾の李登輝元総統が30日夜、死去した。97歳だった。李氏は2000年に総統を退任以来、9度来日を果たしていて、そのうち3度は沖縄だ。まずは李氏が果たした二つの大きな業績にかいつまんで触れてみたい。

台湾の民主化とアイデンティティーの確立

 その一つは、なんと言っても台湾の民主化である。蒋経国総統の下、副総統を務め、その後総統職を受け継いだ1980年代の台湾は、47年に蒋介石の軍隊とともに中国大陸から渡ってきた「外省人」が立法院(一院制)の終身委員(議員)の地位にあり、改選されることはなかった。李氏はまず立法院を全面改選制にし、96年には初の直接民主選挙による総統選を実現した。

 もう一つは、「台湾アイデンティティー」の確立である。台湾生まれの「本省人」として初の総統に就任し、これまで外省人に牛耳られていた本省人たちの台湾意識を高めた。

 97年に江沢民国家主席が、香港と同じ「一国二制度」に基づく「中台統一」を呼び掛けた際、李氏は「台湾人民の自由と民主を求める決意は無視できない」ときっぱり拒否の意志を示した。

 総統退任直前に打ち出した「二国論」(中国と台湾は特殊な国と国の関係にある)は、李氏の対中姿勢を最もよく表している。2000年に総統に就任した陳水扁氏が2002年に表明した「一辺一国論」(それぞれ一つの国)はその流れを汲むものである。

 李氏は総統退任後、より独立色を強めた「台湾団結連盟」の精神的指導者として、国民党に在籍しながらその結成に関わり、政権与党の民進党と友党関係を築いた。李氏の一貫した中国と距離を置く姿勢は、統一を求める中国の不興を買い続け、現在に至っている。

 08年から2期8年、国民党の馬英九政権による「親中国」への揺り戻しはあったが、16年と20年の総統選で、李氏の秘蔵っ子と言われた民進党の蔡英文氏が圧勝。中国が香港に今夏施行した「香港国家安全維持法」により、一国二制度は事実上崩壊したことを見れば、李氏のぶれない対中政策が間違っていなかったことが証明された。

3度の沖縄訪問

 さて、李氏は08年と16年、18年の3度、沖縄を訪問している。08年来沖の際、裏方として尽力した高里洋介氏が当時を振り返る。

 「小林よしのり氏の『台湾論』を読んで、どうしても李氏に会いたくなり、長文の手紙を書いて外交経由で届けてもらった。思いがけずOKが出たので、いさんで同志と妻とで台湾に渡り、私邸に招かれた。

 その李氏が沖縄に来るとなれば、力にならない訳にはいかない。志願して県警と連携を取り警備態勢を敷いた。李氏の日本人秘書の小栗山雪枝氏が『この方が各方面と連絡を取り調整したんですよ』と李氏に耳打ちしたので、李氏は満面の笑みをたたえ喜んでくれた姿が忘れられない」

李登輝氏と高里洋介氏。2006年8月台北にて

 高里氏は当時、那覇市役所の職員。李氏の来沖に関わる高里氏を見る周りの目は冷ややかだった。

 「真顔で『懲戒免職ものだよ』と忠告する先輩もいたが、意に介さなかった。公民館館長として『実践中国語講座』を開設し、学んだことを中国、台湾で実践するため受講生を引き連れ訪台した。日程にはなかったが、李氏が訪問を受け入れてくれた。恩恵は計り知れない。沖縄から手を合わせたい」

気骨のある“明治の男”

 李氏2度目の訪沖は16年に訪れた。窓口になり関係機関との調整を一手に引き受けたのは「日本李登輝友の会」沖縄支部長で石垣選挙区選出の大浜一郎県議だ。

 「胸騒ぎがして昨日午後、秘書に電話したら思わしくない容体だと聞いた。

 中華圏の中で民主化を実現した国として共感するところがあり、20年前から来沖を呼びかけていた。体調面に不安のある李氏でも、直行便で45分ならさほど負担にはならないと考えた。いろんな条件が重なり思いがけず招聘にこぎ着けた。

 戦前台湾から入植しパインアップルやマンゴー栽培で成功を収めた八重山を李氏に見てほしかった。李氏を石垣市内の名蔵にある『台湾農業者入植顕彰碑』に案内すると、神妙な面持ちで頭を垂れていた。

 石垣牛のブランド化に強く興味を示し、肥育環境を熱心に聞いていたところに農学博士の一端を見た。石垣牛の成功を台湾に導入しようという気迫がみなぎっていた。

 その時すでに93歳だったが、台湾と沖縄のために何か役に立ちたいという熱い思いは少しも衰えていなかった。背骨の通った気骨のある“明治の男”だった」

2016年の石垣島訪問にて(砥板芳行石垣市議提供)

 大浜氏が目下気を揉むのは、尖閣諸島周辺海域で中国海警局による公船が108日連続(30日現在)で航行していることだ。5月には39時間公船が日本漁船を追尾した。

 「台湾と日本はしっかりと連携し、結び付きを強くするべきだと李氏は繰り返していた。沖縄本島から見るとそうでもないかもしれないが、中国公船は殊に漁民にとっては生命に関わる問題。国のトップは、何らかの形で県民を守り抜くというメッセージを発してほしい」

 菅義偉官房長官は、31日の記者会見で李氏の葬儀への政府特使の派遣を聞かれ「予定してない」と答えた。一方で、習近平国家主席の国賓来日は閉ざしていない。

 かつて「親台湾派の中心人物」と言われた岸信介を祖父に持つ安倍晋三首相は、このお盆にどんな思いで墓参りするのだろうか。泉下の祖父は「ためらわず自ら赴け」と叱咤するのではないか。

 台北駐日経済文化代表処那覇分処では記帳台を設置し一般の記帳を受け付ける。8月3日(月)~7日(金)で時間は以下の通り。

3日(月)14:00~18:00 

4日(火)~6日(木)9:00~18:00

7日(金)9:00~14:00

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友寄 貞丸

友寄 貞丸

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伊江村出身。1990年から主に中国、台湾の取材執筆活動を続ける。2014年11月Uターン。著書に『雲南哀楽紀行』(愛育社)など。国境を越えても一線を越えない旅と取材を信条とする。

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