書評『沖縄をめぐる言葉たち』(河原仁志著、毎日新聞出版)下

 

 言葉は選挙の勝敗を左右する。近年で真っ先に思い浮かぶのは、3年前の衆院選だ。「希望の党」を立ち上げ、民進党から合流する一部議員の処遇を聞かれた小池百合子都知事が言った「排除します」。同党が惨敗しただけでなく、森友・加計問題で逆風にあった自民党政権に追い風を送ることになった。

「脱イモハダシ」への思いが曲解

 これと同じくらいのインパクトがあったのが「イモハダシ」論。【第3章3「基地がなくなるようなことになったら、戦前のようにイモを食い、ハダシで歩く生活に逆戻りする」(西銘順治・沖縄自民党総裁=1968年秋の嘉手納村長選挙での応援演説)】

 これまで米民政府による任命制から初めて公選制に移行した行政主席選挙。その前哨戦となった嘉手納村長選で、保守系候補応援のために行った西銘の応援演説で出た。

 西銘の本意は「元の(貧乏な)県になってはならぬ。立派な県になるような体制を作ろう」にあったと推察されるが、革新陣営からは「沖縄住民への侮辱だ」「復帰に反対しているとしか思えない」と反撃を受ける。結果、行政主席選挙で3万票差で敗れる。

 著者は2010年に公開された外交文書を閲覧。そこには本土自民党が88万㌦、米民政府が立法院選と合わせ30万㌦を注ぎ込んだとある。米支配からの脱却を望んでいた住民にとって、なりふり構わぬ日米支援が西銘のイメージをゆがめた。加えて、「元の貧乏県に戻ってはならない」という「脱イモハダシ」への思いが、予期せぬ方向に独り歩きし、曲解されたことも大きな敗因になった。

沖縄密約事件

 本書はサブタイトルに「名言・妄言で読み解く戦後日本史」と謳っている。「沖縄現代史」ではなく「戦後日本史」なのだ。日米関係がかくも片務的であることを露呈したのが「沖縄密約事件」だろう。

 沖縄密約事件とは、沖縄返還に伴い本来米側が負担すべき土地の現状回復費400万㌦を日本側が支払うという取り決め。佐藤道夫検事(後に参院議員)が起訴状に「ひそかに情を通じ」と書き加えたことから、批判の矛先は政府から新聞記者と外務省事務官のスキャンダルにすり替わり、矮小化された。

 【第3章11】「歴史の検証が出来ないんですよ、何も(中略)日本は隠し事が多いから」(西山太吉・元毎日新聞記者=2013年11月21日の参院国家安全保障委員会での参考人発言)

〈西山はこの参考人発言で「日本の国家の存立基盤が日米安保であれば、その(取り決めなどの)情報は、少なくとも結論が出たら正確に国民に伝達する(中略)。そうしていかなければ日本の民主主義は自立できない」「沖縄問題も、日米安保も、(重要な)情報の開示はほとんど米国からだ」「違憲性のある密約が発覚したとき、『ない』というのは先進国の中では日本だけだ」と言葉を重ねている〉

 今や日米関係どころか、自衛隊日報問題、森友学園の文書改ざんなど、隠し事はよりあからさまになっている。さらに沖縄以外の米軍施設でも新型コロナウイルスの感染が発生しているのに、政府は米軍に対し異議申し立ての姿勢さえ見えない。

 著者は「人々の思いや感情の束が『世論』であり、本質を問う思考が『輿論』である」と定義した上で、こう述べている。

〈醜聞に流れていった当時の世論は、結果的に後の世代に大きな犠牲を強いた。だが、世論を輿論に昇華させていこうという空気は、この国には依然としてない〉

優遇措置が創意工夫を妨げる

 世論に支持されたビールが世論を裏切ることもある。宴会などで地元のビールを優先しオリオンビールを並べる沖縄の人は多い。東京暮らしが長かった私は少数派かもしれないので、大きな声では言えないが、キリン、サッポロやドイツ、ベルギーなど「地元(以外)のビールが断然美味い」と思っている。

 それだから同社の事実上の身売りに特別な感慨はないが、沖縄ブランドだからとあえて飲み続けてきた人々には操を立ててほしい。創業者たちの体を張った営業を思えばなおのことだ。

 【第4章13】「手分けして夜中二時、三時まで一軒一軒飲食店などをたずね、オリオンビールを飲み、宣伝、売り込みをするわけである。この作戦は見事に当たった」(具志堅宗精・オリオンビール創業者=1979年8月の沖縄タイムス連載「私の戦後史」から)

 具志堅宗精は、国場組創業者の国場幸太郎、琉球セメントの宮城仁四郎、那覇空港ターミナルビル設立者の大城鎌吉とともに「沖縄財界四天王」と呼ばれている。戦時中、那覇署長として島田叡知事の警護に携わり、戦後は宮古民政府知事を務めるなど異色の経歴の持ち主である。

 官界から退き、弟が経営する「赤マルソウ」の経営に携わったのは54歳で、2年後ビール製造に乗り出す。社長、幹部社員、関連会社社員による人海戦術だけでなく、商才を発揮したのは、自民党税制調査会のドン・山中貞則に働きかけ20%の「酒税優遇措置」を勝ち得たことだ。そのことが後々、競争力を弱めることにつながった。

〈(売却は)保有株を高く売りたい創業者と、創業家の影響力を排除したい経営陣との妥協の産物だったが、沖縄県内では「県民のビールを勝手に売り払った」と批判の声も上がる。(中略)だが皮肉なことに、オリオンの軌跡はその優遇措置が経営者の創意工夫を妨げる“麻薬”になっていることを物語っている〉

 沖縄国際大学の前泊博盛教授はSNSで、BEGINが歌う同社のCMソングを引き合いに「♪おじい不満のオリオンビール」と皮肉っている。

 著者は地元2紙を含め、沖縄県公文書館、国会図書館、那覇市歴史博物館、外交史料館などに足繁く通い「史料を渉猟する」中で本書を上梓している。そのアンテナは活字のみならず、テレビ番組にも張り巡らされる。

 【第4章11】「東京に出てきた時は沖縄出身というだけでアパートの契約ができなかったんです(具志堅用高・元プロボクサー=2018年4月5日放送の日本テレビ系番組「秘密のケンミンSHOW」での発言)

 上下合わせ、ここに紹介したのは62分の7人にすぎない。登場する人物は「一気呵成に、これまでにない発想で」「一気に日本経済をV字回復」……といった、実態とかけ離れた空疎なセリフを連発する訳ではなく、皆が実態を伴う「キャラ立ち」する人ばかりで、どこから読んでもすんなり入っていける。現代史やメディアリテラシーを学びたい学生に迷わず薦めたい。殊に沖縄の学生に。

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友寄 貞丸

友寄 貞丸

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伊江村出身。1990年から主に中国、台湾の取材執筆活動を続ける。2014年11月Uターン。著書に『雲南哀楽紀行』(愛育社)など。国境を越えても一線を越えない旅と取材を信条とする。

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