「国境の島」与那国町ルポ 中国軍事演習で緊迫、国家間対立に翻弄される島民
- 2022/8/16
- 社会
迅速な情報共有 対話での解決を
久部良漁港内にある与那国漁協の建物2階。「この辺りの漁場はカジキとかアカマチがよく獲れるんだよ」。自席の後ろの壁に貼ってある地図を指差しながら、嵩西組合長が島周辺の漁場について解説してくれた。しかし中国の軍事演習について話が及ぶと、苛立ちを露わにし、語気が強くなった。
「情報の共有が全くなってない。地元を困惑させるようなことはやめてほしい」
中国がミサイルを発射した4日、その日の午後8時過ぎにあった岸信夫防衛相(当時)の臨時会見でEEZ内に落下したことは把握したが、それ以降の細やかな情報提供は国や県からほぼなかったという。漁に関する判断の指示も皆無で、自ら出漁の自粛を決定。組合は5日早朝から、既に漁に出ていた漁船に港に戻るよう緊急連絡をするなど、対応に追われた。
「事前に演習区域についての連絡はあったけど、ミサイルが打ち上げられたらしい、ということも防衛省の会見で知った。どこから発射され、どこに落下したという詳細も分からないまま対応せざるを得なかった。国と国との問題だけど、実際に被害を被ってるのは先島の各離島だし、その中でも特に与那国だ。随時詳細な報告をしてほしい」と訴える。出漁の判断についても「人の命に関わる問題なのだから、地元任せではなく、国や県がするべきではないか」と主張した。
町議会議員も務める嵩西組合長。「中国も含め、近隣諸国とトラブルが起きないように対話で処理するようお願いしたい。台湾近海での演習もさせてないでほしい」と外交による解決を求める。
有事には「島に1人も残したくない」
「昨年末から、取材に来たのはあなたでもう50人目くらいだよ」。与那国町役場でそう言って迎えてくれたのは、糸数健一町長だ。昨年3月、米上院軍事委員会の公聴会で米インド太平洋軍のデービッドソン司令官(当時)が「6年以内に中国が台湾に侵攻する可能性がある」と台湾有事の可能性に言及したことを受け、町には昨年末ごろから、国内外から取材が殺到しているという。
「予断を許さない状況」と言う今、もっぱらの懸念材料は有事の際に島民をどう避難させるかということだ。現在、島には約1,700人が住むが、2016年3月に開設された陸上自衛隊与那国駐屯地の関係者を除くと島民は約1,500人いる。
「有事の際には島に町民を1人も残したくない」と語る糸数町長は「民間人はいち早く安全な場所に避難される必要があるけど、受け入れ先はどうするのか、運送手段はどうするのか。有事を想定し、その計画を事前に作るのが国や県の責任です。今のところ、そういう計画は全くありません」と憤る。
難民の受け入れについても「かつてベトナム戦争が終結した時、ベトナムの難民がボートにぎゅうぎゅう詰めになって与那国に漂着したことがあります。台湾で戦争が起きれば、台湾の人は大陸ではなく東の与那国に逃げてくることも十分にあり得ます」と指摘する。眉間に皺を寄せ、こう続けた。「様々な事態を想定して対応のシミュレーションをしておかないと、島民の命は守れません。もっと日本は危機感を持ってほしいです」
取材の中では、有事になれば「島に住めなくなる」と不安を口にする島民もいた。軍事的な緊張が目前に迫っていても、旧盆時期には親族が仏壇のある家に集い、食卓を囲む「日常」が島にはある。国レベルの政治的な課題が、「生活問題」に直結している与那国。緊張の高まる今だから、その切実な声に耳を傾けるべきではないだろうか。