中国で迎えた六・四 天安門事件から32年(前編)

 
北京中心部の天安門広場

 両手を広げて戦車を制止しようとする残像が頭から離れない。1989年4月15日の胡耀邦総書記の死を契機に、民主化を要求するうねりが高まり、デモに参加する学生と市民を武力で鎮圧した北京天安門事件から4日で32年を迎えた。中国共産党は民間人、軍人、警察合わせた犠牲者は319人と公式発表しているが、香港の民間団体や海外メディアの報告は大きくそれを上回っている。

 沖縄県出身で、前年の88年9月から北京大学に留学中だった山田透さん(仮名・自営業・55歳)に当時の生々しい状況を聞いた。公私にわたり中国と往来があるため仮名にした。また中国は国民のみならず海外からの入域者情報を、AIを駆使して収集し、顔認証で瞬時に特定できるため、顔写真の撮影を控えた。

――山田さんのいた北京大ではどんな動きがあったんですか。
「4月15日を節目に5月に入ってからは本科(4年制)だけでなく、本科に進む前の留学生予科クラスも授業をボイコットする動きも出てきました。僕は予科クラスにいて語学研修期間中でした。予科クラスはそうでもなかったが、建物が別の本科に通う留学生の中で、『今日デモに行ってきたよ』と言う日本人の先輩もいました。特に旧共産圏から来た留学生は、民主化に興味を示し熱心に通っていたそうです」


――山田さんは北京に行く前に台湾でも中国語を学んでいたんですよね。
「聞くことと話すことはできましたが、台湾と中国とでは使用する文字が違っていて、台湾では日本に近い『繁体字』、中国では簡略化した『簡体字』を使っていました。そのため、読めないし書けなかったので、予科から始めた次第です。
一人の年配の教員が双方の早見表を持っていて、わざわざ僕の部屋まで来てくれて『これで勉強しなさい』と僕にくれたんです。

 5月19日に戒厳令が施行されますが、もうクラスでの授業は成り立たなくなっていました。とても熱心に教えてくれる先生で、それがその先生の最後の授業でした。特に(情勢について)何も言ったわけではなく、寂しそうに帰っていきました。その後の消息もつかめていません。その早見表はもうボロボロになっていますが、今でも大事に持っています」

証言する山田透さん(仮名)


――前夜の状況を教えてください。
「上海から友人が来たので食事をした後、『カラオケでも行こうか』となり、日本人が経営し中国人従業員のいる国際クラブがある長安街に繰り出しました。北京大からタクシーに乗ったのですが、天安門に通じる道に何か異変を感じたんです。止まるはずのない所にトロリーバスが止まっていました。

 9時頃、国際クラブに到着したら従業員が『山田、今日は帰ってくれ』と言うんです。なぜかと聞くと『何か起こるから、危ない』と。店長はと聞くと『もう帰した。自分たちはここで待機する』と。そこまで言うのでタクシーで帰ることにしました。通りを右に折れると天安門広場に通じるのですが、曲がったらもうすでに道が人で埋まっていました。引き返すにもバリケードが出来ていて、留学生だからと懇願し開けてもらい、どうにか遠回りして抜けることができました。

 本科生の宿舎に寄ると未明に館内放送から『今、銃撃戦が始まり乱射された』と流れたんです。乗り合いの車で駆け付けた男子学生がマイクを握り『今、俺の隣の学生が銃で撃たれ右足を負傷した』と喋っています。当時は携帯が普及しておらず、公衆電話も少ないので、学生が放送室に駆け込んで報告するので、1時間のタイムラグがありました。

 自分の居住する予科の宿舎に戻ると、共産圏の学生の一人が『みんな逃げた方がいい。解放軍が撃ち始めた。北京大に来るかもしれない』と言うんです。彼らには情報が入っていたんでしょうね。荷物を取って大使館の車で帰って行きました。

 夜が明け、本科生の先輩が来て『撃たれている。さあどうするか』となりました。その夜ですね、中国中央テレビが『動乱を制圧した』と放送したのは。誰彼となく各国の学生が芝生広場に集まり、情報交換し対策を練りました」


――外部の情報は得られなかったのですか。
「大使館の研修生や創価学会の学生がいたので、彼らの動きを見て判断の参考にしました。3日後に北京大に軍隊が向かうという情報が流れ、パニックに陥りました。運動をリードした北京大、清華大、北京師範大がターゲットになったのです。

 中国人学生は、親戚友人のところに身を寄せるため逃げるように大学を出ていきました。翌朝、ドイツ国旗をなびかせたベンツが4、5台来て大使館職員が留学生をピックアップしていきました。2番目が星条旗のキャデラックで来たアメリカ、その次は思い出せないな。実は4日の夜にヨーロッパの旧共産圏が来て、その日のうちに引き揚げていましたけどね」


――我が日本は?
「日本大使館の職員が来て『怖い人はホテルに避難してください』と言うので、どこのホテルかを問うと『皆さん好きなホテルにしてください』と(笑)。大使館の近くのホテルに行く学生もいました。お金のある人が逃げられたんです。はい、自己負担です。自分の判断で逃げて、自分の金で泊まるんです。

 どうしようか考えましたが、情報を持つ大使館研修生が宿舎に残ると言うので、残ることにしました。日本人の7割がホテル、3割が残留でした。

 事件から6日後、大使館職員が来てこう告げました。『強制退去命令が出ました。明日、飛行機が飛ぶので、皆さんバスに乗ってください。他の日本人学生にも呼び掛けて、とにかくバスに乗るように』と。僕も北京語言学院(現・北京語言大学)に親戚がいたので、電話で『絶対このバスに乗れ。待ち合わせは空港だ』と念を押しました。翌朝、北京大には3台来ましたが、他の大学含め総勢10台が来たのだそうです」


――やっと帰れることになったんですね。
「それが、空港に着いて一騒動あるんです」             

 (後編)に続く

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友寄 貞丸

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伊江村出身。1990年から主に中国、台湾の取材執筆活動を続ける。2014年11月Uターン。著書に『雲南哀楽紀行』(愛育社)など。国境を越えても一線を越えない旅と取材を信条とする。

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