自然学校に地層、そして聖火も 北部東海岸「嘉陽」の見所

 
1964年の東京五輪の際、嘉陽小学校の聖火台に火が灯った(沖縄公文書館所蔵)

聖火が宿泊した地

 嘉陽小学校にはもう一つ面白い見どころがある。

 沖縄がまだ米国統治下にあった1964年、東京オリンピックの開催に伴い聖火が沖縄に渡って来た。2日間に及ぶ沖縄縦断のリレールートが敷かれ、大熱狂に迎えられた聖火リレー1日目の終着地点は嘉陽小学校だった。この時、聖火が嘉陽で一夜を過ごしたのだ。(*聖火自体の滞在期間は3日間だったが、聖火リレーは2日間)

 それを記念してスタートした聖火宿泊記念駅伝大会は、50年以上経った今でも形を変えながら開催され続けている。当時聖火が灯った聖火台が小学校敷地に残っており、誰でも見学することが可能だ。聖火宿泊記念碑も建っている。

聖火台は今でも当時のままだ

地層を捻じ曲げるパワー

 美ら島学校から車でもう少し北上した嘉陽の山中、自然が創り出した壮大な造形美を目にすることができる。見るからに不思議なグニャと曲がった巨大な地層「嘉陽層の褶曲(しゅうきょく)」だ。

 地層とは、砂や粘土や生物の死骸などが長い年月をかけて交互に積み重なり、複数の層状に堆積したものである。その両端からグーッと押され層のラインがグニャっと波状に曲がった状態を「褶曲」と呼ぶ。

 長期に及ぶプレートの移動や土地の隆起・沈降によって生じる珍しい現象だという。嘉陽の地層はおよそ5000万年前に海底で作られ隆起したものだと言われ、これは道路を通すために山を削ったところ現れたようだ。

断層がカーブを描いているのがはっきり分かる

 嘉陽地区一帯にこの褶曲が見られ、大自然が生み出す桁違いのパワーを感じる。特に海岸沿いではより顕著な巨岩さえもカーブさせている褶曲を見ることができる。

 ただし、それを見に行くには整備もされていないゴツゴツした海岸線をひたすら1時間ほど歩いていく必要があり、干潮時でなければ大きなリスクを伴うので、是非ガイドさんと訪れることをお勧めする。

 なかなか表立って外出や余暇を楽しめない昨今、そんな時期だからこそ大自然を前にして、その壮大なエネルギーを感じ取ってみてはいかがだろう。

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