ハンド五輪日本女子代表アナリスト嘉数氏が視る沖縄ハンドの未来

 

惜しくも叶わなかった女子の決勝トーナメント進出

 決勝トーナメント進出に必要な各グループ上位4チームに入るには、5試合中2勝を目指す必要があります。日本女子代表は、アジアの雄・韓国や、世界トップレベルの欧州の国が揃う非常に厳しいグループに入りましたが、嘉数さんは「近年の実績を考えれば、韓国やオランダにも互角に対峙できる自信はありました」と、チームの成長や勝利への手ごたえを感じていたところでした。

試合中の様子(JHA提供)

 予選ラウンドの初戦オランダ戦は敗戦したものの、第2戦モンテネグロ戦では、県出身の池原綾香選手の活躍も光り、見事に欧州の強豪相手にオリンピックでの歴史的勝利を掴みます。アナリストとして日本代表チームの「スピード」を活かした戦術に必要な情報を日々提示してきた嘉数さんの努力がついに実った瞬間でもありました。

 「攻守がめまぐるしく切り替わるスピーディーなゲーム展開がハンドボールの醍醐味です。相手の戦術や選手を理解するだけでなく、日本が得意とする速攻や、準備してきたプレーを落ち着いて出来ていたことが良かった」

 モンテネグロ戦の勝利でいよいよ決勝トーナメントが現実味を帯びてきましたが、続く韓国戦、アンゴラ戦、ノルウェー戦に続けて敗れ、僅差に持ち込んだ試合もあったものの、結果的には惜しくも予選敗退となってしまいました。しかし嘉数さんは、敗戦の悔しさから日本ハンドボール界の未来を見出しています。

「実力で勝る強豪相手に、いくつか日本が優位に戦うチャンスも作りましたが、やはりオリンピックという最高の舞台で、強豪国と戦い続ける厳しさも感じました。チーム全体が本気で決勝トーナメント進出を狙っていましたから、本当に悔しいの一言です。しかし、観てくださった多くの方々にも同じように惜しい、悔しいと思ってもらえた分、日本の選手が世界のトップ選手と十分戦える可能性や、ハンドボールそのものの面白さを少しでも共有できたのかなという実感もあります」

沖縄・日本にとっての東京オリンピックの意義

 沖縄は「ハンドボール王国」とも言われるほど、競技人口の割合やその実力の高さは周知の事実。沖縄のハンドボールが盛んな理由として、1987年沖縄で開催された海邦国体でのハンドボール競技が浦添市で開催されたことや、その後の盛り上がりを背景に浦添市が「ハンドボール王国都市宣言」を出したことなどがよく紹介されます。しかし何より、小中高校の幅広いカテゴリーで全国上位を占め続け、トップ選手を数多く輩出し続けてきた努力と結果の積み重ねこそが、沖縄のハンドボール人気そのものを作り上げてきたと言えるでしょう。

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