コロナ禍で過ごしたママさん不安の声

 
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 新型コロナウイルス感染拡大の中、妊娠中・出産後のママさんはどのように過ごしていたのだろう。世界中が感染の不安にさらされる中、ひとりの身ではないママさんは、もっと不安だったのではないだろうか。

 現在妊娠中ママ、コロナ禍で出産したママ、コロナ禍前に出産したママそれぞれに話を聞くことにした。

現在妊娠中のIさん「無痛分娩が突然中止に。出産間近で痛みを覚悟」

 昨年12月末に妊娠が明らかになったIさん(会社員・27歳)は、現在も妊娠中だ。新型コロナウイルスの感染拡大が騒がれるようになったのは、ちょうど安定期に入った頃だった。つわりが激しかったIさん、やっと安定期に入ったのにどこにも行けなかったことが、まず最初にショックだったと話す。

Iさん「安定期に入ったら、2人のうちにどっか行きたいねって旦那と話していたんです。だから安定期に感染拡大のニュースを見た時は、“最後に2人で過ごせるはずだったのに”って悲しい気持ちになりました」

——2人で過ごせるタイミングをコロナに奪われてしまったんですね。他に不安だったことってありますか?

Iさん「旦那が感染したらどうしようと不安でした。旦那は接客業なので在宅勤務ができなくて。むしろショッピングセンターなど大型デパート内にある1テナントでの勤務だったので、コロナでその施設自体が閉まると、他の店舗のヘルプとして転々としないといけないんですよ」

——不特定多数の人と関わる機会が増えると、1店舗で勤務するよりも感染リスクが高まりそうですよね。Iさん自身のお仕事は大丈夫だったんですか?

Iさん「私はすぐに在宅勤務になったので大丈夫でした。4月も1回しか出勤してないので。夫からの感染と、あとやっぱり病院での感染が一番怖かったですね」

——確かに定期健診で必ず行かないといけないですもんね。

Iさん「はい。しかも私は無痛分娩を希望していたので、色々探した結果、総合病院に通ってたんです。色んな人が来る分、普通の病院より総合病院の方がリスクは高くなるし、マスクもどこにも売ってない時期が続いたので、いつかマスクが切れたらどうしようと怖かったです」

——確かにマスク、なかったですもんね。ちなみに感染した時の妊婦さんの対応って、病院から何か説明ありました?

Iさん「なかったですね。外来には1人で来てください、くらいかな。かかったらもう、自分の体力で戦うしかないと思っていました」

——薬とかも飲めないですもんね。外来以外に変わったことはありましたか?

Iさん「妊娠中に学習できる母親学級とかは、軒並み中止になりました。なのでこの時期の妊婦は実技で学ぶ場がほぼないまま産むことになりますよね。あと私が一番ショックだったのは、無痛分娩ができなくなったことです」

——コロナで無痛分娩ができなくなったんですか?

Iさん「そうなんですよ。無痛分娩のために30分かけてその病院に通ってたのに、ショックです。コロナで手術室を絞らなきゃいけないことと、麻酔科医に来てもらわないといけないから人員的な問題とで無期限延期と言われました。まぁ、実質中止ですよね」

——それはめちゃくちゃショックですね・・。突然出産の痛みを覚悟しないといけなくなったわけですもんね。

Iさん「人員的なことはコロナだけが原因とは一概には言えないと思いますが、出産まで後2か月くらいのタイミングで言われて、今はまだ心の準備が追いついていません。怖いです」

 新型コロナウイルスがもたらした恐怖は、どうやら感染の危機だけではなかったようだ。安定期の自由を奪われ、無痛分娩の選択肢まで失ってしまったIさん。今は「自分が出産する時に面会や立ち合いがNGにならないことを祈っている」と話した。

3月に出産したHさん「みんな1か月自粛辛いっていうけど、妊婦は1年我慢してたんだぞと言いたい」

 3月に無事、1人目を出産したHさん(フリーランス・33歳)の病院は、新型コロナウイルス感染指定病院だったそうだ。出産した3月6日は緊急事態宣言も出ておらず、沖縄県内ではあまり深刻さはなかったように感じたが、それでも出産時の制限があった。

Hさん「私が入院している病院では、旦那以外の面会は一切禁止でした。あと出産の立ち合いは旦那もダメだと言われました。でも、なぜか出産当日はバタバタしてて、呼びますか?って聞かれたけど(笑)。結局、呼ばなかったんですけどね」

——呼ばなかったんですね(笑)。出産後の面会は、旦那さんだけOKだったんですか?

Hさん「OKだけど、病棟から先には入れなかったので、旦那と私はエレベーターの前で一度会いました。あと赤ちゃんには私以外、旦那も含めてガラス越しにしか面会できませんでしたね」

——ちなみに、本来は出産後すぐに赤ちゃんに会えるものなんでしょうか?

Hさん「本当なら出産直後に抱っこもできるみたいですよ。先輩ママからは前代未聞と言われました。退院まで旦那が赤ちゃんを抱っこできなかったことで、私も『あ、コロナって相当やばい感染症なんだな』と実感しました」

——確かに3月初旬だと日本中があんまり危険視していなかったタイミングですよね。

Hさん「そうですね。その後くらいに、お年寄りが危ないという噂が出回ったので、父親母親が孫に会いたいって言うんですけど来ないでくれと言っていました。親のことも心配だし、赤ちゃんも心配なので」

——確かにそこはお互いのために、切ないけど会わせない選択をするしかないですね。旦那さんはリモートワークと聞きましたが、夫婦間のトラブルなどはなかったんですか?

Hさん「旦那は大変そうだったけど、私は助かることが多かったです。うちの子どもはずっと泣くんですよ。だからご飯作るのもままならないんですけど、旦那が家にいると、少なくともお昼ご飯作る時くらいは見てもらえるじゃないですか。だから家にいてラッキーと思ってました(笑)」

 出産時は大変だったものの、出産後に関しては夫が家にいることでむしろ助かったとHさんは話した。

 だがひとつだけ、かなり辛かったことがあるらしい。それは、以前からお酒が好きだったHさんの「飲み会解禁日」が、新型コロナウイルスによって大幅に後ろ倒しになったことだ。これには筆者もハッとした。

 「皆今回の自粛で飲みに行くの1か月我慢して辛いって言うけど、私は1年我慢してるんだと言いたい。人に会うのも飲みに行くのも解禁日を夢見てずっと我慢したのにコロナで、結局今も我慢が続いている」と本音を語った。

11月に2人目を出産したFさん「スーパーで全然知らないおばさんに、危ないから帰りなさいと怒られた」

 昨年の11月に2人目を出産したFさん(会社員・34歳)は、産後1か月は外出できないため、2か月検診で予防接種後に外出しようと思っていた。ちょうどその頃に、ニュースで中国の武漢で新型コロナウイルスの感染が拡大していると耳にするようになったと言う。

Fさん「その時は、世の中悪いニュースが続くなと思っていました。だけどその時はまだ、他人事で。むしろ経済がやばいんじゃないかというところだけが気になっていました」

——危機感を感じたのはいつ頃ですか?

Fさん「ちょうど3月はじめ頃、ママ友達と児童館で集まってゆんたくしていたんですが、その直後に児童館とか公共機関が次々にコロナで閉まっていったんです。これはやばいのではと思いました」

——2人目だと、自粛生活はより大変そうなイメージがあります。

Fさん「そうですね。一番驚いたのは、子ども抱えてスーパーに買い物に行った時、全然知らないおばさんに『危険だから早く帰りなさい』って怒られたんです」

——全然知らない人にですか。でもそんなこと言われても、子供置いて買い物行けないですもんね。

Fさん「そうそう、だからびっくりしちゃって。緊急事態宣言前だったこともあったので。緊急事態宣言後は逆に、旦那が心配性すぎてコンビニとかにも行けなくなっちゃったんですけどね」

——心配性なんですね(笑)旦那さんはずっとリモートだったんですか?

Fさん「はい。もう3か月くらい家にいますよ(笑)」

——ずっと一緒だと、喧嘩になったりしません?

Fさん「そうですね。子どもが2人いるので、旦那に家にいてもらえて嬉しい部分も大きかったんですけど、とにかく私は外に出られないストレスが半端なくて、普段なら全然笑顔でいられることもついイラっとしちゃったりして、旦那に嫌な言い方したなと思うことはありました」

——確かに子ども2人と家にずっといるのはめちゃくちゃストレス溜まりそうですね。

Fさん「上の子は今年4歳なんですけど、保育園も休みだから本当に大変で!下の子がいるから長男に何かしてあげなきゃいけないんだけど何もできなくて、ずっとひとりでブロック遊びとかチャレンジとかしてて、可愛そうでした。気を遣っているのか、遊んでとかは言ってこなかったけど、その分イヤイヤと言うことが増えたから、きっとこっそり赤ちゃん返りしてたんだと思います」

 ここにきて、ママさんだけでなく子どもにとってもとても大変な時期だったのだと実感させられた。また、Fさんはもうひとつ困ったことがあったと言う。それは根拠のないチェーンメールなどの存在だ。

 特に高齢者のもとに送られてくることが多かったそうで、Fさんはその頃親や親戚から「あれが効くから食べなさい」「これはダメだから飲まないで」など、根拠のない話を聞かされたと困惑を示した。

取材をして感じたこと

 今回のコロナ禍で、普通に暮らすわたしたちでさえ自粛や感染の不安にさらされた。そして自粛中、ふとした瞬間に考えたのが「今妊娠していたらわたしはストレスに耐えることができたのだろうか」ということだった。だから話を聞きたかった。

 取材をした3人は声のトーンはいたって明るかったが、話の内容はやはり「自分だったら耐えられただろうか」という内容だった。だけど皆口を揃えていうのが「耐えるしかない」という言葉だ。

 耐えるしかない、のであれば、少しでも早く、誰もが『コロナは終息した』と安心できる状態になって欲しいと願った。

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三好 優実

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香川県出身・沖縄移住歴6年目のフリーランス編集者・ライター。主に沖縄県内の観光・グルメ・経済について執筆。シリーズ本「香川県あるある」の著者。

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