沖縄から日本、そして世界へ!「空手」はいかに拡まったか 沖縄空手の世界②

 
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第1回沖縄空手国際大会 2018年8月・沖縄県那覇市

地域限定告知からメディアによって全国区へ

 今、沖縄空手は世界中で愛好者を増やし続け、メディアにも露出を増やし続けているわけですが、どのように拡まったのでしょうか。
 空手の歴史をみると大正時代に船越義珍(ふなこし ぎちん)が加納治五郎(かのう じごろう 柔道の創始者)の招きにより東京において空手を伝え、後に本部朝基(もとぶ ちょうき)、遠山寛賢(とおやま かんけん)も同じく東京に、宮城長順(みやぎ ちょうじゅん)が大阪、上地完文(うえち かんぶん)が和歌山と大阪、許田重発(きょだ じゅうはつ)が大分、というように沖縄空手の重鎮たちが続々と本土において空手を教え始めたのが拡がりの始まりでしょう。飛行機のない時代に沖縄から日本本土に行くのは容易なことではなかったはずです。

 人が集まり活動があれば、それを知らしめる告知として近所での貼り紙やチラシ配布など、今日でも見られる告知法が利用されました。新聞、雑誌、テレビなどメディアを利用しての告知もあったようです。現在ではインターネットでの告知が一般的ですが、当時の状況としては、まずは町内、そして限定されたメディア露出、そして全国区へという流れでした。

空手技術書の発行からブルース・リー映画まで

 船越義珍は上京後、空手を伝えるべく大正11年に本を出しました。「琉球拳法 唐手」という空手技術書です。空手を全く知らない人、他の武道武術に関心をもっているか実践している人、空手を実際に始めた人を対象に本を世に出版することは、空手が拡まる大きなきっかけになったのです。

 同じく大正14年に「キング」という一般雑誌において京都でソ連人ボクサーと対戦した本部朝基の記事が紹介されました。創刊されて間もない雑誌でしたが当時50万部発行されていたといいますから、空手を知らしめる上で大きな影響力があったであろうことは想像出来ます。  

 戦後になると漫画や小説、映画でも空手が描かれて紹介されていきます。柔道小説の中に敵役で空手が描かれたこともありました。漫画では極真空手の大山倍達を描いた「空手バカ一代」(梶原一騎 原作)が少年漫画誌でブームを起こしました。また映画ではブルース・リー作品や「ベスト・キッド」は世界中に空手が普及する上で大きな役割を果たしたといえるでしょう。

世界空手人口もしかしたら日本の人口よりも多いかも?

 さて、東京と大阪の学生中心に伝えられた空手は、やがて試合が始まると新聞や雑誌、テレビで報道されて一般の人にも知られ始めました。街中でも空手道場や空手練習所が次々とオープンし、その勢いは全国に拡がっていきます。そして空手を身につけた空手人が指導者として海外にも赴くようになり、世界のあらゆる場所で道場ができ始めると空手人口はまたたく間に膨れ上がりました。

 現在、流派を問わず空手愛好者の人口を調べたところ、日本では200万人以上、世界では6000万人以上、(一説では1億3000万人以上)という膨大な愛好者人口を擁するようになったのです。(参考:公益財団法人全日本空手道連盟 2018年のデータ)
 そして来年に開催が延期になりましたが、スポーツ最高峰の舞台であるオリンピックに空手が種目入りすることになりました。

 現在、沖縄県で一番知られている空手人は喜友名涼(きゆな りょう)さんでしょう。沖縄県出身で全日本大会や世界大会でも優勝記録を数々成し遂げ、オリンピックでも空手・型競技での金メダルが期待されています。地元のテレビ、新聞などのメディアは大々的に報道告知されていますので、皆さんも一度は見かけた事があるんじゃないでしょうか?沖縄が生み出した空手スターですね。ちなみに喜友名さんは沖縄空手の劉衛流(りゅうえいりゅう)という稀有な流派に所属しており、師である佐久本嗣男氏が空手大会で同じく世界的に活躍していました。

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劉衛流・喜友名涼選手 

拡める努力と拡まらない努力

 沖縄での空手道場は小林流、剛柔流、上地流とほとんど沖縄空手の流派ですが、極真空手などのフルコンタクト系も年々増えてきています。日本本土では松濤館流、糸東流、剛柔流(沖縄での剛柔流とは同じ名称でも稽古法など大きな違いがある)、和道流、極真系フルコンタクト空手が多く、沖縄空手の道場は少数です。世界での空手普及状況をみると沖縄空手の道場は全体の中では多くない状況です。

 さて「空手」は拡まり「沖縄空手」は拡まっていないのでしょうか。そこには少し複雑な事情が存在します。ここで二人の沖縄空手家の言葉をご紹介しましょう。

 お名前は公表できませんが沖縄にて道場を持たず野外の空地で三人の弟子にのみ空手を教えている先生がいます。その先生は「空手は素晴らしいものなのに違うものに現在変わってしまった」と言っています。この先生は空手を伝えるのに、月謝はとらず、級段位や帯の色もなくしました。「多くの弟子は必要なく、三人だけにしっかり空手を教えて伝えることが出来ればそれでいい」と言っています。

 金城裕先生は1919年(大正8年)生まれ、沖縄生まれで中学時代空手に出会い生涯を空手に捧げて2013年に亡くなりました。最後にお会いした時「これからは空手が拡まらない努力をしなければならないよ」と語られました。筆者はとても衝撃を受けました。どうして空手を拡めてはいけないのか。金城先生の胸の内は「空手がスポーツ化されて沖縄に発祥した空手が違うものとして拡がるようであれば、空手として伝えてはいけないし拡がらない方がよい」との考えでした。「全ての人が聞いて賛同されることはないが一人でも分かってくれる人がいればいい」と語っていました。

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日本空手道研修会・金城裕先生

 日本、海外に広まった空手を続けて深めていくと、空手の源流は沖縄であり沖縄空手とはどのようなものかと考えるようなる傾向がみられます。それが、沖縄空手の型を知ることであり、古武道への取り組みとなっていきます。

 拡める努力と拡めない努力。素晴らしいもの、本物は残り後世に伝わっていくはずです。多様化した空手の未来はどうなっていくのか、今の私たちの取り組みと心が未来の空手に繋がっていくことでしょう。

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藍原 しんや

藍原 しんや

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1968年・東京都出身。空手歴は8歳から始めた遠山寛賢伝の沖縄正統空手統道会、厳誠流空手道厳誠塾。24年間にわたり空手の映像制作の仕事に携わる。現在は空手雑誌「新・空手道」を制作。空手古書道連盟主宰。空手と古書と沖縄をこよなく愛する。

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