琉球の川シリーズ② 古の香り漂う憩いの場、安里川と金城ダム
- 2021/2/20
- 社会
金城ダム、真嘉比川遊水池に加え、第一弾でお伝えした近年のサイオンスクエア一帯の安里川の改修工事によって、現在はおおよその安里川の氾濫被害を抑えられている。
もともと現在の金城ダムの位置には、その近くにある農業試験場への供給用水も兼ねた「ため池」のような、同じ名称の「金城ダム」があった。しかし下流域での深刻な水害を抑制するために1989年から10年以上かけ、2000年にようやく完成したのが現在の「金城ダム」だ。建設過程では、地盤・不発弾処理などの問題も多々あり、相当な苦労があったという。ダム全体の形状も珍しく、上池と下池という二つの別々な巨大池で成り立っている。
なぜわざわざ池を二つにする必要があったのか、実はここに大きな琉球秘話が隠されていた。
琉球王朝時代の石橋・ヒジガー橋
琉球王朝時代、首里城から那覇港までを結んでいたのが「真珠道」。その一部でもあるのが県指定名勝「金城町の石畳」であり、石畳を坂伝いに下りていくと金城ダムが左手に見えてくる。
ほかにもう一つ、石畳から東に少し離れた場所にも、首里の高台から金城町へ下ることができる「ヒジガービラ」(県指定文化財)という歴史的石畳道がある。そこから坂を下っていくと、ちょうど金城ダムの真ん中あたりに突き当たるのだ。
実はこの位置こそが、金城ダムの上池と下池のちょうど真ん中にもなる。
2つの大きな池の間は人が通れるようにもなっており、風情あるダムの間を歩いていくと、そこに「ヒジガー橋」という琉球王朝時代の石橋が現れる!17世紀頃に掛けられたのではないかと言われる立派なアーチ型の石橋だ。
石橋へと繋がる前後の道も歴史深い石畳道となっており、これらが「ヒジ川橋及び取付道路」と呼ばれ「県の指定有形文化財」に指定されている。
とにかくこれがカッコいいのだ!まるで琉球王朝時代にタイムスリップしたかの感覚に陥る。