空手の”求道者”喜友名諒を象徴した言葉と行動 「絶対王者」のまま競技引退

 
練習中も大会本番と変わらない気迫で形を打つ喜友名諒=2022年11月撮影

 東京五輪で初採用された空手男子個人形の金メダリストである喜友名諒(32)=興南高校ー沖縄国際大学出身、劉衛流龍鳳会=が、競技からの引退を決めた。昨年12月のアジア選手権男子団体形で6連覇を果たした金城新、上村拓也と共に、1月30日付けで全日本空手道連盟に報告した。喜友名は現在、世界選手権の個人形で前人未到の4連覇中であり、圧倒的な強さを誇る「絶対王者」のままでの電撃引退となった。

 引退発表を受け、国際オリンピック委員会(IOC)の日本語版公式ツイッターは「美しい演武は多くの人の心を打ち、沖縄県に初の金メダルをもたらしました」と称賛のコメントを贈り、その功績を称えた。喜友名は3月に記者会見を開き、引退を決めた理由などを説明するという。

 これまでの取材を通し、空手の”求道者”喜友名諒を象徴する言葉や行動を紹介する。

五輪金メダル獲得翌朝に「トレーニングしたい」

共に成長を続けてきた金城新(右)、上村拓也(左)と共に稽古に励む喜友名

 5歳で道着に袖を通し、中学3年で師匠の佐久本嗣男氏が構える劉衛流龍鳳会の門を叩いてからは1日たりとも稽古を欠かしたことはない。競技に対する実直な姿勢は、師に「努力の天才」と言わしめる程で、全日本選手権では史上最多記録の10連覇を達成するなど数々の栄光を手にしてきた。しかし自己評価を聞くと「まだまだです」と答える事も多く、大きな両の瞳は常に空手の深淵を探っているようだった。

 そんな向上心の塊の喜友名を象徴する場面に遭遇したことがある。2021年8月にあった東京五輪において、全種目を通して沖縄県勢で初のオリピック金メダルを獲得した翌朝の記者会見だ。沖縄スポーツの歴史を画す快挙の瞬間から、まだ12時間ほどしか経っていないタイミングだった。新型コロナウイルスの影響で大会が1年延期になり、周囲から「金メダル最有力候補」と目される強いプレッシャーの中で長期間に渡り心身を磨いてきた喜友名に、こんな質問をしてみた。

 「今、空手以外に何かしたい事はありますか?」

 心の中で「うーん」と考えていたのか、少し宙に目線を泳がせて間を置いた後、こう言った。

 「トレーニングです。しっかり稽古をして、精進したいです」

 正に「ザ・空手家」。この継続する力こそ”キング”の強さを支える真髄だったのだろう。その後も鍛錬を積み重ね、この年の11月にあった世界選手権で4連覇、12月の日本選手権では10連覇を達成。まだ見ぬ地平を切り開いた。競技に対する姿勢は「多くの賞を獲得したい」というよりも、常に己に打ち勝つ事を自らに課し続け、その強い克己心が結果として数々の功績に繋がったのだった。

礼節を体現 沖縄空手の魅力を世界に発信

 東京五輪では、もう一つ印象的なシーンがあった。予選、決勝を通し、見るもの全てが息を呑むような圧巻の演武はもちろんだが、優勝が決まった直後の行動である。

 主審の手が喜友名側に上がり、沖縄県勢初の金メダル獲得が決まったが、引き締まった表情は全く崩さない。それまで多くの世界大会でしのぎを削り、この大会も決勝で対戦したダミアン・キンテロ(スペイン)への敬意を表したのだ。さらに日本武道館の畳中央に歩みを進めると、姿勢良く正座をし、両手を畳に付け、正面に向かって深々と礼をした。

 勝利よりも礼節を優先する王者の姿に、SNSなどでは「武道の精神の素晴らしさを世界に伝えた」「相手を敬う精神を忘れない」などと称賛する声が相次いだ。

 琉球王国の時代、護身術として研鑽された空手は、稽古を通して自らと向き合い、忍耐力や体力、精神力を磨くことが最大の目的だった。「礼に始まり、礼に終わる」「空手に先手なし」。喜友名は世界中が注目するオリンピックという大舞台で、先人から伝承された礼節を大事にする心を見事に体現した。

終わりのない「一空手家」としての道

師匠の佐久本嗣男氏(左)と喜友名

 競技中の喜友名は、眉間に皺を寄せた力強い目力と重厚感に溢れた技で会場の空気を支配する程の迫力をまとう。が、普段は良く笑う。2021年の全日本選手権で10連覇を決めた直後には、日本武道館のスタンドで「パパ」の勇姿を見守っていた長男の冴空ちゃん(当時3歳)と妻の絵理さんを見付けると、それまでの引き締まった表情がふっと溶け、別人のように優しく微笑んで手を振っていた。饒舌ではないが、インタビューの受け答えで冗談を言うような度量の大きさもある。

 日々の鍛錬、競技大会への出場を続けながら、自身の道場「劉衛流喜友名龍鳳館」では子どもたちの指導も行ってきた。昨年11月にインタビューをした際、今後の目標について聞くと「今、後輩たちも世界を目指して本当に頑張っています。自分が学んできたことを引き継ぎ、目標を持つきっかけを与えたいです」と穏やかな表情で語っていた。

 今後は指導者として、後進の育成に力を注ぐつもりなのだろう。

 一方で、東京五輪の決勝演武直後には、求道者らしくこうも言っていた。「一生鍛錬して、空手を究めていけるように精進したいです」。競技者として一線は退くが、技に込められた意味を探究し、己の人間力を磨き続ける一空手家としての道に終わりはない。


長嶺 真輝

投稿者記事一覧

ながみね・まき。沖縄拠点のスポーツライター、フリーランス記者。
2022年3月まで沖縄地元紙で10年間、新聞記者を経験。
Bリーグ琉球ゴールデンキングスや東京五輪を担当。金融や農林水産、市町村の地域話題も取材。

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