曲折の歴史 那覇軍港返還はいつ実現するのか

 
那覇軍港 沖縄県HPより

 8月、沖縄の米軍基地をめぐる「もう一つの移設問題」に新たな動きがあった。米陸軍施設の那覇軍港を浦添埠頭地区(浦添市)に移し返還する計画のことだ。浦添市が国、県、那覇市の推す移設配置案の受け入れを表明したことで関係者の足並みがそろい、計画を進める下地ができあがった。

 米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設と同様、海を埋め立てて工事を進める那覇軍港の移設返還計画は国と地元の調整が難航し、曲折の歴史をたどってきた。日米が最初に返還に合意してから46年。スタートラインに立った計画が実現する日はやってくるのだろうか。

「辺野古問題」以上の長い経緯

 那覇軍港(56ヘクタール)は1945年の沖縄戦での米軍占領に伴い整備された。米軍物資の積み卸しや、パイプラインを通じて県内の基地にジェット燃料を供給する役割を担ったほか、ベトナム戦争時には原子力潜水艦も寄港するなど重要な軍事拠点となった。

 沖縄の本土復帰から2年後の74年、日米両政府が那覇軍港を移設条件付きで返還することで合意し、95年に移設先を浦添市の「浦添埠頭地区内」と決定した。しかし、移設先をめぐる日米と地元との調整は難航し、返還に向けた作業は具体化しなかった。96年に日米が合意した米軍普天間飛行場の返還は辺野古移設が進まず今なお実現していないが、那覇軍港の浦添移設にはそれ以上の歴史がある。

 棚上げ状態にあった軍港問題の流れが変わったのが、2001年11月の儀間光男浦添市長(当時)による移設受け入れ表明だった。これを機に国と県、那覇市、浦添市は「移設協議会」を発足させ、移設や経済振興に関する議論を開始した。

Print Friendly, PDF & Email
次ページ:

1

2 3

関連記事

おすすめ記事

  1.  「指笛の吹き方講座!あなたも必ず吹けます♪」「沖縄県民に『沖縄あるある』聞いたら共感しか…
  2. 沖縄県議会
     開会中の沖縄県議会9月定例会は21、22日と代表質問が行われた。11人の県議が質問に立ち…
  3.  11月までに予定される衆院選を前に、沖縄県内の政局に波紋が広がっている。辺野古の基地建設…
  4.  「年中ビーチバレーが楽しめる沖縄に移住して、ちょこっと6人制バレーもやれたらいい…
  5.  沖縄の行事や観光映画などを収めた古い映像資料の修復・保存を数多く担う東京の業者がある。株…
琉球海運_広告国場組大寛組前田鶏卵
前田鶏卵琉球海運_広告国場組大寛組

特集記事

  1.  地球温暖化に対する危機感はいまや世界中で共有され、2015年のパリ協定を契機に、…
  2. 「国と県による営業妨害がもう1年半も続いているという感覚。沖縄県はコロナ対策としてやってる…
  3. 文部科学省
     教員免許に10年の“有効期限”を設け、更新しなければ失効してしまうという教員免許更新制度…
ページ上部へ戻る ページ下部へ移動 ホームへ戻る 前の記事へ 次の記事へ