安倍政権と沖縄 7年8カ月を振り返る
- 2020/8/30
- 政治
その一方で、今や沖縄の基地問題のシンボルとなった普天間飛行場の辺野古移設問題については、この7年8カ月の間で政府と沖縄との対立が深まった。
普天間問題で「最低でも県外」(鳩山由紀夫元首相)と掲げ混迷を極めた旧民主党政権を反面教師とするように、安倍政権は12年12月の発足後、辺野古移設に向けた作業を着々と進めた。13年3月、政府は沖縄県に対して辺野古の埋め立て作業に入るための申請書類を提出し、同年末に当時の仲井真弘多知事がこれを承認する。
辺野古移設反対を掲げ14年11月の知事選で仲井真氏を破った翁長雄志氏は、この承認を取り消すなどの措置に踏み切ったが、法廷闘争を経て政府は18年12月、辺野古沿岸部での埋め立て土砂投入に着手した。辺野古移設はかつてない段階まで進んでいる。
沖縄の基地負担軽減について「できることは全て行う」と強調してきた首相の姿勢に関して、14年12月から18年8月まで知事を務めた翁長氏は「できないことは全てやらないとしか聞こえない」と厳しく批判した。国政選挙や知事選で辺野古移設に反対を掲げる候補の当選が続いたが政府は工事を続ける方針を変えず、この問題が報じられる際にはきまって「対立」や「平行線」といった表現が使われるようになった。
沖縄県の玉城デニー知事は今月28日、首相退陣を受けて「対話による解決を求めている県の姿勢とは相反する方向で(辺野古の)工事を進めていることは大変遺憾に思うところだ」と評した。
滑走路事業の前倒しと3千億円台の予算
1972年の沖縄の本土復帰以降、政府は沖縄振興に関する特別措置法を制定し、10年単位の計画を策定してインフラ整備などを進めてきた。現在は「第5次沖縄振興計画」(2012~21年度)のさなかにあり、沖縄県や市町村が使い道を決められる一括交付金を含む沖縄振興予算が政府から県に毎年度交付されている。那覇空港第2滑走路の整備や沖縄科学技術大学院大学(OIST)の関係経費もこの沖縄振興予算に計上されている。
12年12月の第2次安倍政権発足後、沖縄振興でまず道筋がつけられたのが那覇空港第2滑走路の事業化だった。当時の仲井真知事の要望を受け、菅義偉官房長官が主導して当初7年数カ月の想定だった工期を5年10カ月に短縮。東京五輪・パラリンピックに間に合わせることを念頭に20年3月の運用開始とすることで工事が進められた。世界的な新型コロナウイルス感染拡大で東京五輪・パラリンピックは延期になったものの、那覇空港第2滑走路は予定通り20年3月から使用が始まっている。