ウクライナ侵攻と全て戦争に反対を 音楽と言葉で沖縄から声を上げる

 

 「反戦の声を上げること」「多くの人に情報を伝えること」「考え続けること」――。

 ロシアのウクライナ侵攻を受けて緊急開催されたイベント「NO WAR ピースライブ沖縄」に出演したスピーカーやアーティストたちが「今自分たちに出来ること」として繰り返し訴えた。

 ウクライナだけでなく、世界各地で起こっている戦争も含めたあらゆる暴力に抵抗して、立場の異なるさまざまな人のスピーチや音楽を通して平和について考えることを主旨とした今回のイベント。
 県内外で活動するアーティストや県内の学生たちに加え、在沖ミャンマー人会のメンバー、そして在沖ウクライナ出身者のアラ・コバルチュークさんも登壇し、現地の今現在の状況とそこで暮らす家族を案じる自身の心境についてスピーチした。

「弟は戦場の最前線にいる」

「沖縄も戦争の苦しみを経験したから、ウクライナの今の状況を理解してもらえると思っています」

 そう切り出したアラさんは、故国ウクライナの南部にある都市・ヘルソンがロシアの軍事的制圧下におかれ、その中で両親と弟の家族が暮らしていることを説明した。弟は兵士として戦争の最前線で戦っているという。

 侵攻が始まった当初はインターネットを介したビデオ通話も出来たが現在は繋がりにくくなった中で、なんとか断続的に現地と情報のやりとりをしている。アラさんの家族は水道も止まった中で、井戸から水を汲んで生活を続けているという状態だという。

故国ウクライナの厳しい現状についてスピーチするアラ・コバルチュークさん

こんな事態になった当初、自分の家族と国に起こっている事実を理解することがとても困難でした。本当に21世紀の今起きてることなのかと。国に戻って助けたい、とも思いましたが出入りすることもできませんし、家族からは『危ないから来るな』と言われました」

 あまりの出来事に直面し、「現地の人たちはもっと苦しい思いをしている」と考えつつも、アラさんはしばらく眠れず、食欲も失ってしまった。現在も日がな一日家族や友人の安否確認する日々が続いている。

 そんな中で「沖縄にいる自分に何が出来るか」と自問自答し、世界中から反戦の声を上げるために「ウクライナの情報を伝えることが今の私に出来ることだと思いました」とステージに上がった理由について話した。

 アラさんは夫の比嘉啓勝さんとともに支援団体「沖縄ウクライナ難民救済協会」を立ち上げており、自費での負担となる渡航費やその後の生活に必要な支援のために寄付を募っている。現在は比嘉さんが経営する「デイサービス愛」(北中城村)に窓口を設置しており、今後は社団法人化も検討中だという。

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