卵の無料配布で見えた「沖縄の助け合いの精神」
- 2020/8/4
- 社会
新型コロナウイルスの感染拡大によって経済活動に様々な影響が出ている。とりわけ観光業や外食産業では休業を余儀なくされた。製造業であれば、落ち込んだ消費にあわせて生産調整するということもできる。だが、相手が生き物となれば・・・。県内企業の取り組みを紹介する。
業務用の2Lサイズの注文が減
那覇市の前田鶏卵がゆで卵を無料で配布するとの新聞記事が出たのは、今年4月24日のこと。新型コロナの影響で大手の取引先であるホテルや外食産業などで休業が相次ぎ、発注が減ったためだ。前田睦己社長が振り返る。
「県内でも外出自粛で自宅で料理することが多くなったため、家庭用のMサイズやLサイズの売れ行きは1割ほど増えるくらい好調でしたが、より大きく主に業務用に使われる、大きめの2Lサイズは去年より1日1万個くらい注文が減りました。当然、在庫がだぶつくようになったのです。でも、卵を産むニワトリは生き物です。人間の都合で『産まないで』というわけにはいきません」
ホテルや外食産業など、直接消費者に届くわけではない業務用の取引は全体の35%ほどになる。この売れ行きが落ち込むということは、会社にとっては深刻な影響が出ることになるが、普段から取引している養鶏業者に、2Lサイズだけいらないと言って迷惑をかけることはしたくない。新鮮で高品質な卵の安定供給によって豊かな食生活の創造に貢献する。こうした考えを社訓とするだけに、安定供給できる体制の維持のためにも生産者は大切にしなくてはならない。
「ニワトリが産んだ分はすべて買う」と決めた前田社長だったが、在庫をどうするかとなると頭を抱えた。このままでは廃棄処分するしかなくないが、だからと言って、廃棄するにも経費はかかるし、卵を扱う企業として廃棄するのは忍びない。
新聞記事が出ると・・・
それならいっそ地元の人たちに無料で配って美味しい卵を味わってもらおう。そう考えた前田社長は旧知の新聞記者に声をかけた。
「新聞に記事が出たその日の午前中から問い合わせの電話がどんどんかかってきました。1週間は鳴り止まなかったほどです。インターネットのニュースサイトにも記事が掲載されたので、県外からも問い合わせがありました。北海道や大阪から送料を出すから送ってくれないか、と」
ただし、那覇市内にある前田鶏卵の会社まで取り来てもらうのが条件だったので、県外に送って欲しいとの要望は丁重に断った。
卵はいたまないようにゆで卵にして配布した。事前に電話で予約が必要としたが、それでも最初の2日間で2万個を捌いたという。あまりの反響ぶりに受付を延長することにしたが、新型コロナの感染防止のために1日に40人までに限ることにした。1人つき希望に応じて30個から100個まで。J Aなどで余っていた分も引き取ってゆで卵にして配布した。
ゆで卵の配布は5月27日までの1か月あまり続き、トータルで配った数はおよそ8万個に上った。前田鶏卵では卵を一切、廃棄せずに済んだという。
相次ぐお礼に「世の中捨てたもんじゃない」
前田社長が感激したのは、丁寧なお礼状を送ってくれた人がたくさんいたことだ。「まーまのしょくばのおばさんたちにおすそわけしてみんなとてもよろこんでいました」と書いてくれた小学1年生の女の子や「でかした」と応援してくれた友人もいた。ネパールの留学生からも感謝の手紙が届いた。
「お礼にと、栄養ドリンクを1ケース持ってきてくれた人や古酒を持ってきてくれた人もいました。ゆで卵の代金よりずっと価値のあるものです。『世の中捨てたもんじゃないな』と暖かい気持ちになると同時に、『まだまだ沖縄には助け合いの精神が生きている』と実感しましたね」
前田社長はそう振り返る。
無料の配布で企業イメージも向上し、「スーパーで卵が並んでいるのを見ると、前田さんのを選んで買うようにしているからね」と声をかけられるなど、社会からの信用も高まったのではないかと感じるという。
新商品のたまご焼を開発
ニワトリは暑い夏場になるとバテ気味となり、卵のサイズも小さくなるのだという。そのため、2Lサイズは供給が減ってくる。夏場は在庫のだぶつきがいくらか緩和されるが、秋になって涼しくなれば、また増えてくることになる。その一方で、新型コロナの感染拡大がいつ収束するのか、見通しを立てることは難しいままである。
そのため、前田鶏卵では2Lサイズの卵を卵焼きにして「まえだのたまご焼 うちなー風」との商品名でスーパーなどで販売。50円と価格をぐっと抑えたために好評だという。
新型コロナの第二波で県内の経済にも大きな影響が出ているが、収束まではまだまだ辛抱が続く。それぞれの企業の努力で解決に向けた道筋が見えてくることを願うばかりだ。