著者インタビュー『うちなーぐちで語る牡丹社事件』

 

 明治政府が1874(明治7)年5月、台湾西南部の社寮港に3600余人の兵を集結させ、上陸して制圧した事件は「台湾出兵」あるいは「制台の役」、台湾側では「牡丹社事件」と呼ばれる。この近代日本初となる海外派兵のいわば口実に使われたのが「宮古島島民遭難事件」あるいは「琉球漂流民殺害事件」、台湾側では「八瑤湾事件」と呼ばれる出来事である。

 台湾出兵に先立つ1871(明治4)年10月18日(旧暦、以下同)、宮古船2隻と八重山船2隻が首里王府に年貢を納め那覇港を出港し、慶良間島で風待ち後、同29日に同島を出航したものの、大波に揉まれ宮古船1隻が11月6日、台湾南部の八瑤湾に漂着し66人が上陸した。しかし意思疎通の手段や風習の違いなどから相互不信を招き、54人が斬首という残酷な方法で殺害された。

 幸運にも生き残った島民は、現地住民の手厚い保護を受けながら台湾を逃れ、福建省福州の琉球館で庇護を受けた後、帰国の途に就いた。

 日本近代史では節目となる一連の事件を沖縄語と日本語の対訳付きで書き著した人がいる。本のタイトルは『うちなーぐちで語る牡丹社事件』。本土復帰前の琉球政府を皮切りに沖縄県庁、内閣府沖縄総合事務局に勤務し、その傍ら新聞社のカルチャーセンターや自治体、各団体などで「うちなーぐち」講師を務めた玉那覇朝子さん(76)だ。

 執筆に至る動機やうちなーぐちの現状などについて話を聞いた。

——大変な労力を伴ったと思います。なぜ「うちなーぐち」で書こうと思い立ったのですか。

「自分でも書こうとは思ってもみませんでした。2018年秋、仲地清先生(名桜大学名誉教授)と巡る(台湾南部の)小琉球の旅で、事件の跡地にもそれこそ観光気分で行きました。帰国後、あるシンポジウムでこの旅の話を全編うちなーぐちで講演したら大いに受けて盛り上がったのです。大きな事件で沖縄との関わりも深いのにあまり知られていないことが分かりました。講演後、『聞くだけでは数時間後には忘れているから文字に残してほしい』という要望があり、子供たちにも伝えなければならないとの声も相次いで、記録として残そうということになったわけです」

——最初はそのつもりはなかった?

「23人で行った旅でしたが、なぜか帰国後も私一人が熱くなりました。地元の人々が胴体だけの遺体を埋葬し、節目には今も焼香を上げ、手厚く祀っています。うちなーぐちも流暢だとお褒めの言葉をいただき、周りにも勧められ、ライフワークであるうちなーぐちでこの事件を著す意義はあると思いました」

——YouTubeで講演の模様を鑑賞しました。久々に耳に心地よいうちなーぐちでした。

「今は発音もばらばら、“崩れた若者造語”があふれています。正当な発音、伝統的なうちなーぐち—私の場合、すいくとぅば(首里言葉)—を次の世代に残さなければと常々思っていました。うちなーぐちで書くことによって、事件そのものにも注目が集まるなら一石二鳥になると思ったのです」

——今は講師をされていないのが残念です。

「新聞社のカルチャーセンターなどは定員に満たないと教室が成立しません。私だけかと思ったら(笑)、どこでもそうだということです。多くの人が『うちなーんちゅの魂の源』と、いいことは言いますが、本気度はあまり感じられません。公民館などの講座に習いに来るのはお年寄りばっかり(笑)。肝心の若者が来てくれないのです」

——テレビCMなどで違和感を覚える発音や奇妙なうちなーぐち表現に遭遇します。

「母音の“い”と“ゐ”、“う”と“をぅ”、“お”と“をぉ”ですね。例えば“いん”は犬だが、“ゐん”は縁となります。私はこれを(新聞の)論壇に書いたことがあるのですが、うちなーぐちの音は五十音で十分表記できる。しかし、大学の偉い先生たちは『国際音声記号』でしか認めようとしない」

——難しくしようとしている?

「ある学会で“ゐ”の音を巡り、五十音での表記が議題になった時、大御所のセンセイは“ゆぃ”“いぃ”“ぃい”案を唱え、私は『2文字で表記するのはおかしい。1文字の“ゐ”が分かりやすい』と主張しました。しかし私以外の会員(大御所の弟子)らは、それに同調したのです。会議後、弟子や他の会員は私の元に来て『“ゐ”案を撤回してほしい』と懇願しました。後日、当のセンセイは出席せず、私の“ゐ”案が採用され、その後センセイも自著で“ゐ”を使っているようです。自説を引っ込めなくて良かったです」

——象牙の塔から庶民のものにした。

「子音にしても例えば“呉れる”は、沖縄芝居の役者も含め“きーゆん”と発音している人が多いのですが、五十音で“くぃーゆん”と表記すれば身近に感じます。うちなーぐちは本来みんなのものだが、センセイたちはあくまで研究の対象として捉えているだけで、うちなーんちゅの日常生活から遠ざけようとしているとしか思えません」

——“崩れた若者造語”、例えば「しに、でーじ(めちゃ、すごい)」「しに、〇〇〇やっさー(めちゃ〇〇〇だ)」などはどうすればいいですか。

「伝統的な言い回しや正当な発音を身に着けてほしいという思いがあります。『玉那覇先生は厳しい。もっと若者を認めてもいいじゃないか』と言われることもあります。だから押しつけはせずに、やんわりと言い直してあげています。“ゆたしく”は“ゆたさるぐとぅ”というようにです。どこで線引きするのかはいつも悩むところではあるんですけどね」

——それにしても、すいくとぅばは響きが柔らかい。             

「那覇は『H音(はひふへほ)』ですが、首里は『F音(ふぁ・ふぃ・ふ・ふぇ・ふぉ)』の発音です。今は“しまくとぅば(島言葉)”と表すようになりましたが、私の中では各島々の“しまくとぅば”、那覇の“那覇くとぅば”、首里は“すいくとぅば”でよいと思っています」

——奄美、山原、中南部、宮古、八重山、与那国、各地方語の総称が“うちなーぐち”で、特に“しまくとぅば”と言い換える必要もないような気がします。

「差別的な意図はまったくないんです。私は首里で生まれ育ったので、“すいくとぅば”を次の世代に引き継ぐのが私の務め。愛着があります」

——ちゅーや、いっぺーにふぇーでーびたん(今日は本当にありがとうございました)」

「ぬーんあいびらん。またんいちゃやびらやーたい(どう致しまして。またお会いしましょう)

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友寄 貞丸

友寄 貞丸

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伊江村出身。1990年から主に中国、台湾の取材執筆活動を続ける。2014年11月Uターン。著書に『雲南哀楽紀行』(愛育社)など。国境を越えても一線を越えない旅と取材を信条とする。

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