北部基幹病院の基本合意まで 県の担当だった経験から①

 
県立北部病院 沖縄ニュースネット
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 新型コロナ流行が真最中の7月28日、玉城知事は北部12市町村長及び北部地区医師会と北部基幹病院に関する基本合意書に署名した。基本合意書では県立北部病院と北部地区医師会病院を統合合併し、経営も県だけでなく新たに北部市町村が参加した事業組合を創設しそこが新病院を運営することになる。

 今回の合意で新しく設立される病院は“県立”ではなく市町村が参加する“公立病院”になる。これは今回合意された病院統合案における一番重要な点である。地域を支える病院がこれまでの様な県立ではなく他の経営形態を導入することになり、新病院の職員は県職員ではなくなることを意味する。

 これは現状の沖縄の県立病院体制を大きく変えることであり、そのことへの抵抗は皆さまが想像するよりはるかに大きかった。基幹病院の構想が提案され地元での合意案ができて一年以上放置されたのは、選挙で現県知事支持の核となる人たち(労働組合関係者)の強い反対があったからである。

 今回の合意は新病院建設の一歩にすぎないが、ここに至るまでに何があったかつまびらかにすることは大切であると思い投稿することにした。

6つの県立病院群で100億の借り入れ

 2009年3月末日、私は県福祉保健部の統括監に就任するにあたり、当時の仲井眞弘多知事から呼び出しを受けた。面接では知事は一方的にお話になった。

「貴方が今度、統括監になる方だね。統括監になったら他のことは一切しなくて良い県立病院の経営改革だけをしてください。」

 そういった内容を15分ほど熱っぽく語られた。当時、6つの県立病院群は約100億円の短期借り入れで日々の診療を行っているといった危機的状況に陥っていたからである。私にとって北部基幹病院の構想への関わりは単に北部医療の改革ではなく、沖縄の6県立病院の経営改革への思いも大きかった。その出発は仲井眞元知事からの強い指示から始まった。

 2009年は今年と同じように特別な年であった。メキシコ発の新型インフルの発生で日本中が大騒ぎとなった。その混乱に巻き込まれ、県立病院の改革案策定の作業は大幅に遅れた。インフルエンザの問題はこれまで何度も紹介したことがあるので詳しくは述べないが、沖縄からタミフル治療の有効性が発信されたため重傷者・死亡者は激減した。そのことで世の中の不安・混乱は急速に落ち着いた。

 新型インフルエンザといった予定外の事案が発生した事情で、知事から指示された私の本務(県立病院改革)の方は遅れがちではあったが、それなりに着実に進めていた。今回の北部基幹病院に関する合意書案の作成責任者を務めた砂川靖保健医療部長はその頃は副参事で、私とともに県立病院経営改革に携わった仲である。

北部地区医師会病院 沖縄ニュースネット
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維持・安定でなく発展を

 新型インフル対策の合間をぬって砂川さんらと一緒に県立病院改革の素案を懸命に検討していた。適宜、知事に検討の進捗を説明していた。その中でのエピソードを紹介したい。

 私が知事に「県立病院経営の維持・安定のためには・・・」と発言すると、即座に「維持・安定ではだめだ。県立病院の機能は県民の財産である。医療は日々発展しなければならない」。知事は顔を真っ赤にして叱責に近い厳しい指摘をなさった。その時、私は改めて仲井眞知事の県立病院改革への思いの大きさを実感したものである。

 他府県の状況も調べて、県立病院改革の素案ができた。その素案は仲井眞知事自ら熟読しいくつかの手直しもなされた。案の骨子は独立行政法人にすることであった。実際には誰も口には出さなかったが、組合の関与を少なくし病院職員の給与水準を適正化することが県立病院改革には不可欠であることがはっきりしていた。そのための独立法人化である。

 改めて紹介するまでもなく我が国の医療費は公定価格であり現場で自由に決めることができない。県立病院で治療しても民間医療機関で治療しても同じである。一方、沖縄の県立病院と民間病院の場合、医師の給与はほぼ同じであるが医師以外の看護師等の給与水準は約2割県立の方が民間より高い。結局のところ県立病院の膨大な赤字の多くがそういった職員給与の大きさで説明ができる。

 普通の商行為で例えてみるとよくわかる。商品の価格が同じであり売り上げも変わらなければ、必要経費としての職員給与が高ければその分、利益率は悪くなる。人件費等の必要経費が売り上げより大きければ赤字となる。

赤字を減らす二つの方法

 赤字を減らすには二つの方法しかない。一つは収入を大きくすることである。医療で言えばもっと多くの患者を診る。もう一つは必要経費すなわち給与水準を減らすことだ。極めて単純な話だと思うが、なかなか理解が得られない。現在働いている人の給与を保証したうえで、経営を独立法人化し新たに採用する方々は新しい給与体系でとお願いするのだが全く理解を得られない。

 彼らの主張は“政策医療を守れ”の一点張りである。労働組合の支持を受けた政党の県議は私の話を聞こうとさえしてくれなかった。

 現状の赤字体質を改善しなくても、一気に県立病院が破綻することはない。しかし、赤字であれば新たな医療機器を購入するといった投資の原資がない。また、看護体制も患者10人に対して看護師1人の10対1のままで、近年の複雑化した急性期医療現場では7対1にすることが普通となっているなかで、そういった人的補充もままならない状況に陥っていた。

 “県立病院を守れ”の掛け声だけでは県立病院は守れない。赤字体質を放置すれば、機能は劣化していくばかりで仲井眞知事の希望する進歩・発展など到底できない。 そういうことを何度も訴えたのであるが、組合や県議だけでなく当時の県内マスコミの理解も得られなかった。結局、私は県立病院改革を果たせず挫折感を抱いて県庁を去ることになった。

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宮里 達也

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沖縄県医師会副会長。
1978年大阪大学医学部卒業後、琉球大学医学部産婦人科教室助手を経て宮古保健所を皮切りに県内各保健所に勤務。沖縄県保健福祉部保健衛生統括官、保健福祉部長、北部福祉保健所長を歴任。2014年に県を退職後、北部地区医師会病院に入職。

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