泡盛「カリー春雨」に溶け込む矜持 香り高い味わいを生み出す酒造り

 
「宮里酒造」蔵元の宮里徹さん(左)と杜氏の宮国耕治さん

古くも香りたかく 強くもまろやかに からくも甘い酒 春雨

「この歌に『春雨』の全てが詰まってるんです」。宮里酒造の蔵元・宮里徹さんはそう切り出した。麹造りの探求と経験を根幹に、徹底したデータの蓄積と管理で再現性を重視した作業工程から生み出される泡盛「カリー春雨」。宮里さんは独自の哲学で一般的・伝統的な泡盛の製法を解体することも辞さない姿勢で「酒質を上げる」ための酒造りに取り組んできた。

酒造りの原点

どんなに熟成年数を重ねても香りに華があり、アルコール度数が高くてもまろやかで、糖が無いにも関わらず甘い酒を作りたい。それが春雨という酒の原点です」と宮里さん。これが冒頭の歌の意味するところだ。宮里さんが先代から泡盛工場を継ぎ、必死の思いで酒を磨いて得心がいく味を目指すための心構えとして初心を忘れないために詠んだものだという。

 那覇市小禄にある宮里酒造が創業したのは戦後間もない1946年。年季の入った赤瓦屋根の工場には看板が掲げられておらず、ともすれば見逃してしまうかもしれない。先代の父親は2代目、宮里さんが3代目だ。先代の泡盛は1975年の「沖縄国際海洋博覧会」で天皇に献上する泡盛に選出され、先代が自らが天皇の杯に酒を注いだという実績もある。その後1970年頃からは製造した酒を他の酒造所などに売る、いわゆる「桶売り」専門になった。

 しかし平成の世に突入し、規模の大きい他の酒造が大量生産した安価で安定した味の泡盛が市場に出回ると、桶売り先からどんどん切られるようになる。28歳で跡を継ぐことを決めた宮里さんは「正直言うと、ある程度の酒を作って2年くらいで“軟着陸”させるように工場を閉めようと思ってたんです」と振り返る。その頃は造った泡盛を瓶詰めして営業してまわっても、にべもない対応でどこも取り扱ってくれなかったという。

パッケージに刻まれた歌

ひたすらに酒質を上げる

 そのうちに地元の同級生に家業を継いだことが知られ始めた。当時の宮里さんの心に「工場を閉めるにしても、せめて何か業績を作ってからにしないと」という見栄ともプライドともつかない感情が沸々と込み上げてきたことで、本格的に酒造りに向き合うことになった。どの酒造も全く同じ土俵で競うことができる鑑評会に照準を合わせ、3年ほど集中的に作業に没頭した。

 もともと理系だったという宮里さんは、自身でクオリティの高い泡盛を造るために直感や経験に基づいた先代の仕事を見ながら可能な限りデータを集めた。「もちろん経験を蔑ろにするわけではありません。科学的・合理的に突き詰められる部分では近道を見つけて、できるだけ短期間で酒質を上げる方法を模索したんです」。こうした試みとデータを積み重ねてきたことで、高品質かつ再現性の高い春雨が出来上がった

酒そのものだけで「変われる」

 工場で働くのは宮里さんも含めて現在は4人。杜氏の宮国耕治さんは「春雨の“命”となる麹は、発酵の時のエネルギーが他のお酒と比べても段違いで凄いんです」と語る。麹を繁殖させる蒸し米の状態をベストにするため、その日その日の気温や湿度によって蒸気の圧のかけ方や蒸しを止めるタイミングなどを細かく調整する。

 「社長が造りに入る時には非常にシビアでめちゃくちゃ怖いんですよ」と宮国さんは笑う。「でもそんな妥協を許さない姿勢だからこそ、今までついてきてるんです」

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