命を守る防災ヘリの導入 沖縄県はなぜ進まない
- 2020/5/24
- 政治
消防防災ヘリコプター(以下、防災ヘリ)というものをご存知だろうか。消防活動や救急活動などを支援するために、全国の道府県や東京消防庁、さらに政令指定都市の消防局に配備されているヘリコプターのことを指す。
その用途は幅広い。海や山での遭難事故や高層建築で火災が発生した際の救助活動から、離島などでの急患が発生した場合の患者あるいは医師や看護師の搬送、さらには林野火災などでの空中からの消火、そして大規模災害では空中からの情報収集にも使える。
2年前の西日本豪雨や北海道胆振東部地震では、孤立した地域や浸水した地域から多くの住民を救助するなど、その能力をいかんなく発揮した。2018年には全国で防災ヘリの出動件数が6497件もあり、うち救急のための出動が3128件、救助が2058件、火災が1042件などとなっている。
全国で導入が決まっていないのは沖縄県だけ
防災ヘリは阪神淡路大震災があった1995年を契機に配備が広がり、今や全国の都道府県や政令指定都市で導入されていないのは、沖縄県と佐賀県だけだ。その佐賀県も、すでに今年4月には防災ヘリの運航を行う防災航空隊が発足しており、現在は来年3月からの運航開始に向けて訓練を重ねている。
多くの離島からなる沖縄県は、東西に1000㎞、南北に400㎞という広大な県域を持つ。それゆえ、迅速に遠距離まで展開できる防災ヘリは、十分に優位性を持つはずだ。なぜ導入が遅れているのだろうか。
じつは沖縄県ではこれまで幾度か防災ヘリの導入が議論されてきた。大田昌秀県政時代の1994年に検討されたこともあったが、財政面での課題や運用する消防職員の確保の問題から導入という結論には至らなかった。
2017年には県や市長会、町村長会などからなる、防災ヘリ導入の可否を調査検討する委員会が発足し、4回にわたる議論を経て導入に向けたスケジュール案を示した報告書がまとめられており、翁長雄志前知事や玉城デニー知事はたびたび所信表明で「消防防災ヘリコプターの導入を推進する」と述べているが、作業の進捗は遅い。
防災ヘリの導入にあたっては、初期費用の約7割を国が補填する措置もあるが、その期限は今年度末まで。このままでは時機を逸してしまいかねない。
導入が遅れている理由は、いくつもある。まず、財政面の理由だ。先ほどの県や市長会、町村長会などからなる調査検討委員会がまとめた報告書では、ヘリや必要な資機材の調達に格納庫など必要な施設の整備まで加えると初期費用に30億円程度、さらに人件費を含めたランニングコストが年間2億8400万円かかると算出している。このうち人件費は県内市町村が分担して負担することになっているが、まだ十分な合意が得られていない。
運航体制をどうするのか
だが、課題はそれだけではないと指摘するのが、元沖縄県ドクターヘリのパイロットで、那覇市議会議員の吉嶺努氏だ。
「防災ヘリをどのような体制で運航するのかという課題があります」
防災ヘリで救助や救急などの活動を行う防災航空隊の隊員は、消防吏員(消防職員のうち実際に救助や救急、消火にあたる職員のこと)でなければならないが、そのためには県内の市町村から消防吏員を派遣してもらう必要がある。だが、県内の市町村の消防職員の充足率は低く、それが困難だという。
さらに、防災ヘリを導入している他県では、操縦士や整備士、さらに運行管理者といった運航要員を民間企業に委託してしまうところもある(自主運航19団体37機、委託運航34団体35機、混合運航2団体3機)が、吉嶺氏は、沖縄県では独自にこれらのスタッフを雇用し、専従の職員とする「自主運航体制」を整えることが必要だと説く。
「委託先の会社の業務計画によっては、いつも練度が高い運航要員が沖縄に配置されるとは限りません。さらに、県が委託先の会社の要員に訓練を施しても、数年おきの配置転換で沖縄を離れてしまうかも知れない。さらに、救助や救急にあたる消防吏員との指揮命令や他の機関との調整を考えれば、やはり県の専従職員とすべきです」
また、消防庁は、群馬県や長野県で防災ヘリが墜落し、乗員が死亡する事故が相次いだことを受けて運航体制の安全性を高めるよう基準を見直しており、機長と副操縦士の二人による運航体制とすることを求めている。こうした点にも配慮しなくてはならない。
那覇・石垣間400㎞
さらなる課題は、機体をどうするのか、という点である。全国で防災ヘリに多く導入されているイタリア製の機体は、航続距離が314㎞ほど。那覇から石垣島までが400㎞あまり距離があるため、これでは届かない。増漕タンクと呼ばれる追加の燃料タンクをつければ、石垣島まで届くが、その分、本来の救助や救急活動などに必要な機材を載せるスペースが狭くなる上に、機体のバランスが低下して微妙なホバリングなどの操縦が難しくなる。
もちろん、より大型で航続距離が480㎞におよぶ機種もある。宮古や八重山の自治体はそうした機種の導入を求めているが、価格が8億円から10億円も高くなるのだという。東西に1000㎞もある沖縄県だけに、他県と同じ航続距離のヘリとはいかず、初期費用に重くのしかかる。
初期費用が数十億円、ランニングコストも年間数億円ともなると、「金食い虫」との批判があるかも知れない。沖縄では自衛隊や米軍、さらには県警もヘリを持っている。これまで離島で急患が発生した場合には、陸上自衛隊のヘリが搬送を担ってきた。それで十分ではないか、という意見もある。
だが、まず米軍については、県や自衛隊と大規模な地震や津波を想定した共同訓練「美ら島レスキュー」を実施しているとは言え、実際の災害時に、例えば、米軍ヘリが出動して日本語の住宅地図などをもとに細かく住所を確認して救助や消火活動を行うというのは現実的ではない。
また、県警のヘリは捜索やパトロールを目的としており、救助や救急を行うものではない。
津波被害で那覇空港浸水のときは
自衛隊のヘリについてもその基地がある那覇空港は、沖縄県津波被害調査(2012年度)によると、最大で11.6mの津波被害が想定されている。地震発生からわずか30分弱で津波が到達すると見られており、それまでにどれほどの自衛隊ヘリが那覇空港を飛び立って、津波による浸水を回避できるだろうか。
災害時のリスクを分散するためにも、県も自衛隊とは別に防災ヘリを持つべきだという考え方はこうした現状からくるものだ。
「結局は沖縄県が自治体として県民の命を守るのか、それともそれを放棄するのか、ということだと思います。例えば、那覇市内には市の消防局に配備されている40mのはしご車でも届かないビルが129棟もありますが、ここで火災が発生した場合はどうするのでしょうか。県の防災ヘリ導入は待ったなしのはずです」
吉嶺氏はそう指摘する。