「甲子園はまだ夢の続き」 あの夏、僕らは… 知念高校野球部 

 

行きたいではなく行くんだという気持ちが大切

 3年生にとって最後の夏、全員がひとつになった。甲子園まであと一歩だった知念高校の快進撃。これに胸を躍らせたのが、昭和57年のメンバーである。39年前、決勝戦で興南高校と対戦、2点先制するも中盤に逆転され甲子園出場を逃した、あの時のメンバーだ。

 当時、主将だった安谷屋靖さん(56)は「前年にベスト4で負けたので、今度こそ興南に勝って甲子園に行こうと言う気持ちで戦った。チャンスに打てなかった自分の責任もある」と、当時を振り返って未だに悔しさを隠せない。

昭和57年表彰式で準優勝の知念高校、右・安谷屋靖主将

 しかしエースだった山内和実さん(56)は「3連投で身体はいっぱいいっぱい。悔しさより終わった、という安堵感だった」と振り返る。そして「平均身長167センチくらいのちびっこ軍団だった僕らが全国にいったら恥ずかしい。興南なら県民が納得すると思っていた」と続けた。

昭和57年知念高校エース山内和実さん

 一方、優勝した興南高校のエースは、その後、阪神タイガースで活躍した仲田幸司さん(57)だった。

 当時のことを聴いてみると、こう振り返る。
 「準決勝の沖縄水産戦が事実上の決勝戦といわれていたので、そこで勝って気持ちは既に甲子園だった。ちょっと余裕こいていたね。僕も連投だったので、痛み止めの座薬を入れていた。5回終わって円陣組んで『マイク(仲田さんの愛称)がここまで頑張っているからおまえら何とかせい!』と監督に気合い入れられて、それで逆転したんだよね」。

 さらに、「知念高校は、ずば抜けた選手がいるわけではなく、走攻守バランスのとれたいいチームだった。なんだかね、楽しそうだったんだよね、僕らは甲子園に行くことが使命みたいだったから。ちょっとうらやましくもあった」と懐かしんだ。

知念高校応援団・負けても興南高校へ「がんばれ」とエールを送った

「まだ夢の続き」
 主将だった安谷屋さんは甲子園のことをそう言う。そして、「甲子園に行きたいではなく行くんだという強い気持ちが大切なんだ」と後輩達へ言葉を贈った。

Print Friendly, PDF & Email
次ページ:
1

2

相羽 としえ

投稿者記事一覧

愛知県生まれ。東海ラジオアナウンサーからフリーアナウンサー&ライターに。スポーツニッポン、中日スポーツなどのスポーツ記者を経て、2017年沖縄与那原町に移住。3年間地域おこし協力隊として与那原の情報発信に務めた。現在もまちづくりなど様々な情報を発信中。

この著者の最新の記事

関連記事

おすすめ記事

  1.  平時では、修学旅行や大型クルーズ船客などによる貸切バス需要が旺盛な沖縄。しかしコロナ禍に…
  2.  「和牛農家を続けられるのか、息子に継がせていいのか、自問自答する毎日です…」  7…
  3.  日本ハンドボールリーグ(JHL)女子のザ・テラスホテルズは7月23日、名護市の21世紀の…
  4.  コロナ禍の損失補填を求める「これまでの沖縄県の自粛要請に伴う観光事業者への協力金支給を実…
  5. 「観光のお客さんは戻ってきてはいますが、従業員の人材確保がかなり困難な状況です。手が足りず…

特集記事

  1.  旧統一教会の信者を母親に持つ山上徹也容疑者が安倍晋三元首相を銃殺した事件から8日で1カ月…
  2.  9月11日に投票日を迎える沖縄県知事選挙。4年間におよぶ玉城デニー知事の県政運営が県民に…
  3.  沖縄県教育委員会はこのほど、2022年度から2031年度における「沖縄県教育振興基本計画…
ページ上部へ戻る ページ下部へ移動 ホームへ戻る 前の記事へ 次の記事へ