「松山はなくならない」この街で靴店を10年営んで

 

 沖縄の夜の街・松山で主にホステスやキャバ嬢、ニューハーフ御用達の靴店「レーヴ・マルシェ」を長年経営してきた大嶺正樹さん(2020年9月21日付「『夜の街・松山』を足下から支える」も参照https://hubokinawa.jp/archives/2119)。

 政府、県による緊急事態宣言、政府のまん延防止等重点措置の発令を受け、「接待を伴う飲食店」が時短営業や休業を迫られた。そこで働く人たちは収入を削られ、その人たちを主な顧客にしていたレーヴ・マルシェもついに閉店を迎えた。

 月末で店舗を明け渡すため、店じまいの作業に追われる大嶺さんに6月中旬、複雑な胸の内を聞いた。

松山の店は全部休業していた

――緊急事態宣言やまん延防止等は働く人たちにどんな影響を与えましたか。

「閉店セールのポスティングに行って分かったんですけど、今回の緊急事態で松山のクラブとバーは政府の要請に応じ、全部休業していました。開けているボトル制のラウンジ、キャバクラなどは、待ち時間では時給を発生させないようにしていて、手取り額が相当減っています」

――彼女たちはただ靴を買いに来るだけじゃなくて、大嶺さんとのゆんたくを楽しみにしていたと思います。彼女たちのいわばオアシスが無くなってしまうんですが、店主としても辛いのでは?

「今まで10年間やってきて女の子たちもどんどん入れ代わり、年齢や結婚と共にこの街を“卒業”していきます。結婚して『子供を授かったよ』とか、『本土に行くよ』とか、報告に来るんです。生まれたばかりの赤ちゃんを見せに来た子もいます。そういう付き合い方の接客をしてきた自負はあります。彼女らは卒業しても常連でした。そういう意味では寂しいことは寂しいです」

――挨拶に来られるのも辛いですね。

「聞かれることは二つしかないんです。『えー、なんで閉店するの? ここでしか買わないのに』。仲の良い子は『これから何するの?』って。靴を売る仕事に携わって20年以上になります。婦人靴店を持つのが一つの夢だったので、叶えることはできました。

 これから50代、60代になっても食い扶持がなくならない仕事に就きたいです。特にここ一年苦労したのは、売り上げがなくても商品は揃えておかなければいけないことです。女性はいろんな商品を見て選んでいきます。夏なら夏のシーズンものを投入してきました。しかし仕入れようにも、個人の資金では足りませんでした」

逆張りでやっていたから支持があった

――政府、自治体のコロナ対策で飲食店には補償があっても、その周辺業種にはなかった。補償の網をもっと広げ、その対象になっていれば持ちこたえられたのでは?

「不公平感はさほどないです。ただみんなにお金が回らないので、靴などのファッションは必需品ではなく、消費行動としては後回しになるんです」

――借りやすさや返済期間の延長など、対応策があったはずですよね。

「昨年は融資も受けて、大型連休が明ける頃にはなんとかなるだろうと見ていたが、本当に先が見えなくて、借金をするにも見通しが立ちませんでした。今思うのは、融資や補償もよいが、沖縄県は空と海から、飛行機と船でしか入れないので、県は水際対策をしっかりやっていれば状況は違っていたのではないか。それを思うと本当に残念です。

 閉店を決めて気付いたのは、この物件の良さ。セールの横断幕を見て『次借りたい』という問い合わせが多かった。僕の感覚では十年に一件の物件。物販をしたいのであれば、ショーウインドーが2面あって、飲み屋街にも近い。本当にいい物件でした」

――松山の街に溶け込んでいました。

「今の日本はローヒール8割、ハイヒール2割と、ローヒールに変わってきているんですが、ハイヒールに特化してやってきました。逆張りでやってきたから一定の支持があったのだと思います」

――2割を攻めたのが功を奏したんですね。

「他の場所では他の攻め方があったかもしれないが、松山だからできたビジネスモデルです。残念なのは、沖縄の靴屋は大型商業施設に入る本土チェーン店が多くなり、そこではローヒールが主流になっているんです」

頑張っている人をサポートする街であってほしい

――印象深いエピソードも数えきれないと思います。

「いろんな歴史を見てきた部分はあります。接客していて嬉しくなり頑張れる気になれたのは、例えば、あるお客さんは結婚式を挙げるんだけど、足が小さいので式場の靴は履けない。その子には中敷きでサイズを調整して送り出しました。挙式後、無事に終えたと報告に来て、それから5年ほど来てくれました。

 特に『シューフィッター』の資格は持っていませんが、人それぞれの足があって僕なりの感覚で接していました。面白いことにママさんたちは、若い頃からハイヒールを履いているので外反母趾バリバリですね。外反を逃がしてくれるような靴を選んであげました。他にも喜んでくれるお客さんはたくさんいたと思います」

――キャスト、キャバ嬢、ニューハーフ……レーヴ・マルシェのお客さんもレーヴ・マルシェはお客さんも多様性があり、そしてそのニーズも多彩でしたよね

「オープン当時は朝5時まで仕事をしていました。朝方の売り上げも大きかったからです。ニューハーフの方たち、あえて彼女たちと呼びますが、4時台に来た5、6名の団体さんがいました。老舗のショーパブのキャストの子たちです。『ショーのための衣装に合う靴を選んで』といった注文でした。

 その老舗から2年後に一人が独立し、さらに2年後に別の子がバーを出しました。そのママさんが開店祝いでこうスピーチしたんです。『私のお店から太陽と月のように輝く二人が旅立ちます。一人は明るくて華やかな子で、一人は控えめで謙虚な子です。太陽と月の二人をこれからも可愛がってくださいね』。思いがこもっていて感動したのを覚えています。

 その僕と同期くらいの太陽の子が来たので、『閉める前に来てくれて良かった』と言ったら『この一年いろいろ辛いことが多かったけど、今日が一番辛い』と言われ、二人してうるうるしてしまいました」

――彼女たちは、エンターテインメントにひたむきに取り組んでいると前回伺いました。

「彼女たちは休業期間も、スタッフを集めて歌と踊りのレッスンを続けていました。こうして頑張っている人を、お客さんがサポートしてくれる街であったらよいのにと思いますね。いろんな業種の人たちがいて、みんなそれぞれの苦労があります。シングルマザーもいるし、彼女らを支援する人もいるし、みんなで元気になったらいいですよね。元気にならないと……。松山はなくならない。衰退はするかもしれない。新しい業種が来るかもしれない。ただ繁華街としての松山はなくならない。そう思っています」

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友寄 貞丸

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伊江村出身。1990年から主に中国、台湾の取材執筆活動を続ける。2014年11月Uターン。著書に『雲南哀楽紀行』(愛育社)など。国境を越えても一線を越えない旅と取材を信条とする。

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