うるま市女性殺害事件から5年 報道の問題点

 
沖縄県警本部

 2016年4月にうるま市で当時20歳の会社員の女性がウォーキング中に米国籍のケネフ・シンザトに殺害・遺棄された事件が起きた。発生から5年あまりが経つこの事件で、被告の弁護を担当したのが高江洲歳満弁護士である。この事件をめぐる報道について高江洲弁護士がその問題点を指摘する(編集部)。

 ケネフ・シンザトの事件が起きてからすでに5年余も経過したが、先日、読売新聞を始めとするマスコミ数社の記者から「ケネフは軍属ですか」「あの事件では地位協定の壁に遮られ、捜査が出来なかったのですか」との電話があった。なぜ今頃になって問い合わせてくるのだろうと思ったが、朝日新聞がこの事件について触れた記事を掲載したと知り、読んでみて納得した。
(編集部注:朝日新聞4月28日付「米側から届いたメモ…逮捕急がねば 沖縄の女性殺害から5年」。この記事では、日米地位協定では、米軍人や米軍属が事件を起こすと、公務外であっても米側に身柄がある場合は起訴まで米側が拘束すると定められていると指摘した上で、当時の捜査幹部への取材をもとに、警察署での取り調べ中に米国側から「米軍側の管理下に入りたければいつ来てもよい」との趣旨のメモがケネフ宛に届いたことが明かされ、ケネフの身柄を渡さぬよう県警が逮捕を急いだとされる)

軍属だったのか否か 

 まず、ケネフは軍属であったのか、あらためて述べておきたい。日米地位協定の第1条(b)には、軍属とは合衆国の国籍を有する文民で日本国にある合衆国軍隊に雇用され、これに勤務している者と定められている。合衆国軍隊との契約で業務を行っていた会社に雇用され(つまり直接に軍に雇用されていた訳ではない)、これに勤務していたケネフは軍属ではない。

 地位協定第17条5項(b)には、軍属を逮捕した場合、その事実を米軍憲兵隊司令官に通知しなければならないと定められているので、ケネフは軍属だと早合点した沖縄県警は米軍憲兵司令官にケネフの逮捕を通知した。その後、那覇地検はケネフを軍属として扱い、米軍に地位協定に定める犯罪通報、裁判権行使通告などを送り、起訴状の身分の欄に軍属と明記した。

 こうした経緯からマスコミは、ケネフが軍属だと思い込んでしまった。ところが、米軍がケネフは軍属でないと公表し、また弁護を担当した私も「ケネフは軍属ではない」と言ったことから、いったいどちらが正しいのかと混乱が生じることになった。今でもこの時の疑問が尾を引いているようである。朝日新聞の記事ではそこがきちんと整理されてないとの印象を持つ。

地位協定の壁は無かった

 ケネフは、米軍の統一軍法典(Uniform Code of Military Justice)の第2条にある本法に服する者及び第3条にある特定人に対する裁判権の条項に定める者でなく、軍法に服さない。つまり、日本に住む者として日本の司法権に服する者である。それ故、そもそもこの事件では日本とアメリカの裁判権の競合はない。

 地位協定第17条5項(c)には、被疑者の拘禁は身柄が合衆国の手中にある時は起訴されるまで合衆国が引き続き行うとある。手中にあるとは、拘禁またはそれに類する処分である。軍法に服さないケネフを米軍が逮捕し、拘置することはないから、彼の身柄が米軍の手中に入ることはなく、朝日新聞の記事にあるように米側が基地内へ来いとのメモを出す筈はない。仮に、その様なメモがあったとしても米軍が逮捕できないのだから沖縄県警が慌ててケネフを逮捕する必要はなかったということになる。

 実際、ケネフは日本の刑事訴訟法に基づき逮捕、勾留、取り調べを受けた。また、事件の現場は民間の地域であり、死体遺棄場所もそうであったから、当然のことながら沖縄県は米軍の許可を受けずに実況見分、捜索、差押えを行った。県警の捜査にあたって、地位協定が壁になるとの指摘がしばしばされるが、少なくともこの事件については、そのような壁は無かったと指摘しておかなければならない。

警察署前での集会

 ケネフはニューヨーク州で父親が不詳という家庭に生まれ、母が精神遅滞の状況にあったため、養育は母方の祖父が当った。ケネフが8歳の頃祖父が死去し、その後、彼は里親の家を転々として暮らした。彼には幻聴があり、幻想も生まれ、注意欠陥多動性障害、行為障害、うつ病と診断されて投薬治療や心理療法を受けた。

 小学校に入学したが学業について行けず、同期生に虐められ友人もいなかった。中学でも同様で高校に入ったが中退した。その後ブロンクスの学習センターに通い高校卒業認定証を取得した。この認定書がケネフに軍隊への入隊資格を与えた。24歳になって海兵隊に入隊し、8年間勤務して除隊した。

 事件発生から22日が経った5月19日に逮捕された後、ケネフは連日夜遅くまで警察の取り調べを受けた。取り調べ警察官の言葉は荒々しくなくむしろ丁寧だったが、執拗だった。同じことを繰り返し訊かれた。さらに、警察官の考えに合わない答えは変更を強要された。ケネフが留置されていたうるま署前に、夕刻になると県民が集まった。そこからうるま署までは30メートル位の距離しかない。参会者はマイクを使って留置場のケネフに向けて「黙秘するな、事実を話せ」と叫んだ。

 私がうるま署に接見に行くと、「群衆が押し掛ける中で裁判は行われるのか」「裁判官は私の言い分を聞いてくれるのか」「私は死刑になるのか」等とケネフは聞いてきた。沖縄で裁判を受けたくない気持ちが見えた。「沖縄以外で裁判を受けたいか」と聞くと「はい」と言うので、管轄移転請求を行った。

管轄移転請求に至ったわけ

 沖縄県民が事件について予断を持っているだけでなく、県下の女性は「被害者は私だったかも」との意識を持ち、県民は被害者の両親と被害者を悼む気持ちを共有し、親族同様の感情を持っていた。沖縄県内の全行政組織、各議会、各政党及び団体が本件につき抗議声明を出し、抗議行動に出た団体もあった。そして、マスコミは本件を糾弾し、行政や議会、政党、各種団体の活動を盛んに伝えた。

 この事件は、裁判員裁判で裁かれることになっていた。すでに裁判員は報道によって事件の内容を知り、被告人有罪との心証を裁判が始まる前から持っているだけでなく、マスコミが伝えた県民の動き、過去の米軍人らの凶悪事件を知っていることから、被告人を厳罰に処すべきとの予断を持つに至っていることを理由とした。

 痛ましい事件ではあるが、被疑者・被告人の人権が尊重されなくてはならないことは、言うまでもないことである。那覇地方裁判所では公正な裁判が行えないとして、管轄を東京地方裁判所に移すよう請求した。だが、請求は却下され、2017年12月、那覇地方裁判所はケネフに無期懲役の判決を言い渡した。

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高江洲歳満

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1934年、東京生まれ。北京で育つ。終戦後、両親の故郷である沖縄に帰国。中央大学法学部法律学科卒業。米国テュレーン法科大学院修士課程修了。那覇地検、福岡地検で検事を務める。退官後は弁護士として活動。96年から米国ワシントン州シアトルでも弁護士として活動している。

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