ペリー提督とジョン万次郎が遭遇した空手家 沖縄空手の世界⑨

 
ジョン万次郎上陸之碑(糸満市大渡浜海岸)

 ペリー提督とジョン万次郎といえば、一般的にも知られている歴史上の著名な人物です。ペリー提督(1794-1858)による幕末の黒船来襲は、開国を経て明治維新のきっかけとなるなど日本の歴史に大きく関わりました。彼が浦賀に現れる前に実は沖縄に寄っていたことはあまり知られていません。

 ペリー艦隊は計4回琉球に来訪し、後に「日本遠征記」の中で琉球についての記述が見受けられます。

マシュー・ペリー提督

 そして、もう一人幕末においてその後の日本の歴史に大きく関係した人物が琉球に来ています。ジョン万次郎(1827-1898)こと中濱万次郎です。漁船が遭難して捕鯨船に救われてアメリカに渡った後、英語と航海術を学び、日本の留学生第一号といわれています。

 その彼が日本に帰国した際に到着したのが琉球の糸満市大渡浜でした。琉球に上陸して半年ほどは豊見城に滞在し地元の人と交流しました。その後、琉球から生まれ故郷の土佐に帰った後、アメリカの事情を伝え英語教師、通訳、捕鯨に関わり日本における国際人の先駆けとなりました。

 琉球に来たペリー提督とジョン万次郎は滞在中に役人と接触しているわけですから、空手の使い手とも顔を合わせています。彼らと空手の接点を調べました。

琉球の歴史にも登場する空手家

 彼らが遭遇した空手家は、琉球王府高官で通訳官であった牧志朝忠(まきし ちょうちゅう 1818-1862)です。彼は首里に生まれ、名を向永功といいます。当初は板良敷、次に大湾、最後に牧志と称し、国王である尚氏に連なる名家の出でした。

 経歴としては、琉球最高学府である国学で学び、21歳時に北京留学で中国語を、帰国後は英語、フランス語を学び26歳の時から琉球王府の通訳官となりました。ペリー提督の来航時の対応と琉米条約締結にあたり通訳と外交官を務め、ペリー提督を相手に一歩も引かない交渉力・胆力を発揮したと言われています。その後、琉仏通商条約締結では薩摩藩主である島津斉彬に認められて読谷村大湾、那覇市牧志の地頭へと昇進していきます。

 島津斉彬は軍備増強を施行しておりフランスから琉球経由で軍艦や兵器を購入しようとしていいましたが、島津斉彬が死去することにより琉球王府との兼ね合いでトラブルが生じ、琉球王府から親薩摩派の牧志朝忠は流刑をいい渡されることになります。牧志恩河事件といわれる疑獄事件です。

 牧志朝忠は、薩摩からの身柄引き渡し命令により薩摩に向かう途中に投身自殺(暗殺説もある)するという、まさに波乱の生涯をそこで閉じました。幕末の琉球を舞台とした池上永一著のベストセラー小説「テンペスト」で描かれている主人公・孫寧温は牧志朝忠がモデルといわれています。

「ペリー日本遠征記」に掲載されている牧志朝忠

 空手家としての牧志朝忠は松村宗棍から空手を習ったと言われています。空手の前身である首里手の祖といわれる松村宗棍(まつむら そうこん1809-1899)は牧志朝忠と同じく琉球王国に仕える役人でした。薩摩に二度行き示現流剣術、北京にも二度行き武術も学び修得しており、武勇伝もよく知られています。牧志朝忠はこの松村宗棍の高弟と言われていますが、この2人が空手の師弟関係である具体的な資料や記録は見つかっていません。

 ジョン万次郎と空手家の接点と言えば、ペリー上陸に先立つ1851年(当時24歳)糸満市に上陸後、同じく牧志朝忠に英語で尋問されたという記録があります。

 牧志朝忠は1853年のペリー提督(当時59歳)艦隊の来航時と翌年の琉米条約の締結の際に通訳と外交官を務めたことが記録に残されています。牧志朝忠がジョン万次郎から聞いたアメリカ事情が、2年後のペリー提督との交渉に大いに役立ったといわれています。ペリー提督とジョン万次郎が牧志朝忠から空手のことを聞いたのか、空手自体を見たのかは資料が残されていないので不明ですが、大いなるロマンを感じざるを得ません。

琉球王国時代の空手道場・御茶屋御殿

 琉球国王の別邸で薩摩の在番奉行や中国の冊封使を歓待する場、そして琉球文化である琉歌、三線、舞踊、武芸を発表する殿堂でもあったのが、御茶屋御殿(うちゃやうどぅん)です。

幕末に空手が稽古されていた御茶屋御殿

 首里城に近い那覇市崎山町の高台にあり崎山御殿・東苑ともいわれており、1677年に建てられました。2018年に崎山公園内に設置された「空手古武道発祥の地」顕彰碑に「琉球国王の武術鑑賞と稽古場とした場所。武芸百般の催しと迎賓館」という御茶屋御殿の説明があります。

那覇市崎山公園の空手顕彰碑 

 松村宗棍は王邸宅と識名園と御茶屋御殿に仕えていた記録があるので、この場所で牧志朝忠と松村宗棍が空手稽古した可能性も考えられるます。ペリー提督とジョン万次郎がここに来た記録は残されてませんが、牧志朝忠が案内して琉球芸術と併せて空手を見せるか手ほどきしたかもしれません。

 ペリーとジョン万次郎、この二人に共通するキーマンとなる空手家・牧志朝忠。この人物の未発掘資料から琉球時代の手(ティー)に関するものが発見されたとしたら大スクープになるかも知れません。

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藍原 しんや

投稿者記事一覧

1968年・東京都出身。空手歴は8歳から始めた遠山寛賢伝の沖縄正統空手統道会、厳誠流空手道厳誠塾。24年間にわたり空手の映像制作の仕事に携わる。現在は空手雑誌「新・空手道」を制作。空手古書道連盟主宰。空手と古書と沖縄をこよなく愛する。

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