「縛らず縛られず」40カ国を周り糸満に戻った若者が目指す人生

 
ボリビアのウユニ塩湖で

 昨年8月に、不動産業界歴1年10ヵ月という異例の早さで独立し「世界一周の経験者がはじめた不動産屋さん」とキャッチーな謳い文句を掲げたのが、糸満市に店舗を構える株式会社ハイビスカス不動産の代表取締役・湧川洋健(わくがわ・ひろたけ)さん(27)である。
 働き方や生き方が変化し多様化している中で、海外を旅してきた経験から「違いを受け入れる大切さ」や「やりたいことはやるべきだという姿勢」を学んだ湧川さんは、自身に真摯に向き合いながら「満足いく人生」を目指して歩みを止めずにいる。

半年間世界一周「新しい経験が好き」

株式会社ハイビスカス不動産の湧川洋健代表取締役

 2018年7月から約半年間、湧川さんは約30カ国を巡る世界一周の旅に出た。それ以前からも海外への旅を繰り返しており、これまでに訪れた国は約40カ国にも及ぶ。きっかけは大学生の頃。小学校時代の恩師に今後の人生を相談したことだった。

 「昔から、見た事ないものとか、経験した事のない新しいものがすごい好きなんですよ。なので先生に、就職なんてしなくていいから海外に行けと勧められた時も、なるほど海外かって思いましたね。すんなり。それで20歳で初めてアメリカに行きました」

これまでに湧川さんが周った40あまりの国々(スマホアプリbeenより)

海外旅行で変わった価値観

 会社員時代に旅行で訪れたタイで、こんな衝撃的な体験があった。
 「めちゃくちゃサッカーが上手い子がいたんですよ。日本だったらユースとかになれるぐらいの実力だったんですけど、その子は学校にも行かず、観光地で一人でリフティングとかしてお金をもらって家族の為に稼いでたんです。それを見た時に、自分は裕福な国に生まれてやりたい事ができる環境にいるのにこれじゃダメだなと思ったんです」

 湧川さんはその出来事を機に世界一周を決意。半年で130万円を貯め、リストアップした行きたい国は30ヶ国を超えた。お金に限りがあった為、全ての国を最小限で周れるルートにした。短い期間ながらも、広く多くの国を経験して見識を深めたかった。

 「もともと一つの国を深く知るというよりは、多くの国を知りたかったので、時間もお金も限られているくらいが丁度良かったんです。その国のそれっぽさを肌で感じて、見て食べてが出来たら次に行って、お金もそんなに無いんで500円の宿に泊まったり空港に泊まったりしてました(笑)現地の人とかその国らしさと触れ合いたかったので、市場にはよく行きましたね」

 その中でも自分の価値観に大きく影響した国についてこう語る。

 「日本はやはり裕福な国なので、バングラデシュとかフィリピンとか日本と正反対の貧しい国に行った時がものすごく印象的でしたね。特にフィリピンのスラム街なんて、絶対日本より貧しいじゃないですか、なのにそこにいる人達が、僕はですよ?僕は何故か幸せそうに見えたんです。それを見て、物質的な豊かさと人生の満足度って違うんだなと肌で感じました。世界一周をしていく中で、最初は色んな感情があったんですけど、だんだんシンプルになっていきました。最終的に感じてたのは、生まれて死ぬまでの人生でいかに楽しく過ごすかが大事なんじゃないかなって事ですね。もっと縛らないでいいし縛られないでいい」

相手にも自分にも多様性を

 湧川さんが海外で学んだ事の一つに、多様性を受け入れる、ということがあった。

 「人によって価値観は違うし、人種も肌の色も宗教も違う。意見も違っていい。でも何事も人に押し付けるのは違う。大事なのはそれを受け入れる事だと思うんですよね。自分はこう思う、相手はこう思うそれで良いよねって」

 そう思った時に「自分のやりたい事はやるべきなんだ」との確信を持てた。新型コロナの影響で海外旅行に行けなくなった昨今、どうせならやった事のない事をしてみようと考えた。

 帰国した湧川さんが沖縄で仕事をする上で、2つの選択肢があった。観光か不動産だ。不動産なら将来的に独立の選択肢もある。それなら選択肢の多い方を取ろう、と不動産業の世界に飛び込み、結果として1年10ヶ月で独立した。

 きっと大きな未来が見えているのだろうと考え、経営する不動産の今後の展望を聞いてみたところ驚きの返答が返ってきた。

 「実は全然決めてません(笑) なんか何年後こうするとかって、今の自分が未来の自分を縛ってる気がして嫌なんですよ。目標とかならいいと思うんですけど、絶対こうなるって過去の自分が決めた事に縛られたくないというか。知識を蓄えて経験を重ねて、アップデートしたその時の自分がやりたいと思った事をやりたいんです。来年漁師になるとか言い出すかもしれませんし(笑)」

フランスのモン・サン=ミシェルで

日本に根付く暗黙のルール

 日本の学校では、卒業間近になると多くの場合で進学か就職のルートを提案され、いつの間にかその人の生き方が構築される。新卒で就職することこそが大事で、それを逃すと「就職難民」と言われ、まるで訳ありのようなレッテルから世間的に生きずらさを感じてしまう人も少なくない。それを避けるために、就職活動では就きたい仕事を探すというよりも、「今の自分のスペックで就ける仕事」を探すといった作業になってしまう人も多い。

 だが順調に入社はできたとして、その後、賃金や人間関係で会社に不満が生まれた場合等でも、再就職率の低さや、新たな業務をまた一から覚える事の大変さから、なるべくその会社に留まってしまう人が多数派だといえる。周りもそうだし、それが当たり前だとされる風潮がある。そういった暗黙のルールがこの国には数多くある。

 しかし湧川さんは、そこにずっと疑問を抱いていた。

 幼少期から野球やバスケットボール等の部活動に取り組んできた湧川さんは、「試合でフルに動けるスタミナはある選手なのに、何故まだ長距離を走らせるのだろう?試合に活きる他の練習をした方が良いのではないか?」と、全員が同じ練習メニューをこなす事に違和感を感じていた。何故その物事をやる必要があるのか、と考え始めたら次に進めない性格だ。

 「日本は色々決まった事をしないといけないみたいなところがすごくあるじゃないですか。なんか違うなぁとなんとなく思ってたんですけど、その時は日本しか知らなかったんで自分の意見は少数派だと思ってました。でも世界を見た時にあれ?ってなりましたね。広い目で見たら日本の方が少数派じゃないかって」

 周りに流されず物事の本質を追及し、本当にそれは必要な事なのかを問いかける。そして今まで自分が学んできた教育や価値観を一度疑い、小さい視野で判断するのではなく全体像を知ったうえで選択したい。

 そんな強い探求心を持つ湧川さんと、海外諸国が与える刺激は相性が良かった。

マレーシア・クアラルンプールのペトロナス・ツインタワーで

振り返った時に残ってる物が人生

―まだ海外に行った事のない人は、海外に行った方が良いと思いますか?

 「行った方が良いと思います。考え方や価値観って経験した事でしか作られないと思ってて、日本の中にいるとやっぱり視野が狭くなりやすい。それが悪いとかではなく、他の選択肢を知る事が大事だと思います。色んな世界をみて今の考えや環境に落ち着くなら全然良い。特に自分の子供達みたいに令和で生まれた次の世代は、選択肢を増やして縛られずに自由に生きて欲しいです。ワールドワイドにというか。気軽に海外に行ってほしいですね」

 見た事のない土地で聞いた事のない言語が飛び交う中、直感を頼りに生き抜く術を模索する。そしてアップデートされたまだ知らない自分に出会う事を楽しみに後悔のない人生を送っていく。そんな毎日は「RPGのゲームをプレイしているようだ」と湧川さんは話す。そんな湧川さんにとって“人生”とは何か。

 「僕は振り返った時に残ってる物が人生だと思っています。誰にどう思われたかより、自分で満足して死んだらどんな人生でも自分は良い人生だなって」

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