那覇軍港返還は実現するのか 次期沖縄振興計画骨子案に軍港活用案の危うさ

 
那覇軍港 沖縄県HPより

 「強烈な違和感を持った」
 2022年度以降の沖縄振興計画をめぐって、去年12月30日に読売新聞が放った「那覇軍港・空港 一体活用」のスクープ記事に、県内のある経済人がつぶやいた。翌31日に沖縄タイムスが1面トップで後追いし、琉球新報も追随した。

 記事自体は見事なスクープだが、この経済人は、「なぜ軍港の跡地利用の話しだけなのか。移設先の浦添市西海岸の開発はどうなるのか」と、リーク元であろう県庁関係者の姿勢をいぶかる。

 記事によると、軍港跡地と那覇空港を一体で活用する「臨空臨港都市」を軸に沖縄振興計画が検討され、今年度中に公表される骨子案に盛りこまれるという。沖縄タイムスは、「海上・航空輸送を組み合わせた新たな輸送サービスやホテルなどの商業施設、最先端医療施設の集積を検討」と具体的に踏み込んだ。トラックやトレーラーをそのまま運ぶRORO船や沖縄本島と離島、北部地域を結ぶフェリーの就航も検討するのだという。

 軍港跡地を含めた「臨空・臨港都市の形成」については、去年4月に知事に提出された有識者による「新沖縄発展戦略」でも言及され、その必要性は論を待たない。しかし、去年の軍港移設をめぐる玉城県政の混乱を踏まえれば、前出の経済人が「強烈な違和感」を抱くのも無理はない。別の経済人は、「記事は移設・返還分離論への回帰を想起させる」と言う。

軍港移設は二転三転の歴史

 那覇軍港は、1945年の米軍占領に伴い整備された。米軍物資の積み卸しや、パイプラインを通じて県内の基地にジェット燃料を供給する役割を担ったほか、ベトナム戦争時には原子力潜水艦も寄港するなど重要な軍事拠点となった。

 沖縄の本土復帰から2年後の74年、日米両政府が那覇軍港を移設条件付きで返還することで合意し、95年には移設先を浦添市の「浦添埠頭地区内」と決定した。

 だが、その後の調整が難航し、議論は遅々として進まなかったが、2001年11月の儀間光男浦添市長(当時)による移設受け入れ表明で流れが変わる。国と県、那覇市、浦添市は「移設協議会」を発足させ、移設や経済振興に関する議論が始まった。

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