TV番組で沖縄−台湾・アジアを結ぶ

 

 新型コロナウイルスの出口が見えないなか、じっとしてはいられないと終息後を見据えた動きに取り組む人々がいる。海外番組の販売や海外向け番組企画、制作を手掛ける服部京子さんもその一人だ。

 東京の大学を卒業後、NHK長野放送局を振り出しに新潟テレビ21、福島放送、テレビ金沢を経て琉球放送でアナウンサーを務める。その後、台湾に活動の舞台を求め、台湾、香港、シンガポールの中華圏のみならず、ベトナム、フィリピン、トルコ、イスラエルまで足を延ばし、アジアの今を発信してきた。今年から再び沖縄を拠点に選んだ。渡航がままならない今、台湾での13年を振り返り、テレビ番組を通して沖縄と台湾の関係をさらに深める可能性について話を聞いた。

――そもそもなぜ沖縄、そして台湾にというところから話を聞かせてください。

「学生時代、東京の西新宿にある『台湾茶藝館』に入り浸るようになりました。その頃は香港に強烈に惹かれていました。高層ビルが林立しその谷間に広がる屋台空間。世界最先端の金融都市でもあるのに、一方でアジアの混沌を実感できる場所だったんですね。でもその頃は、台湾はのどかでゆったりしたところというイメージしかなかったです」

胃袋を鷲づかみに

――それが13年も住むようになるなんて!

「ふらりと入る屋台の料理が大好きで『食事が合いすぎる!』と叫んでしまったほど。台湾に胃袋を鷲づかみされたんです。食以外にも、変に気を使わずストレートに表現する台湾人の潔さが好きです。例えば、お店を選ぶ時も日本人は変に気を使い、みんなに合わせようとしますが、台湾人は『あ、ここはまずいよ』と平気で言っちゃいます。お互いはっきり主張するからストレスがたまらず、あっさりして居心地がいい。よっぽど性に合っていたんですね」

――胃袋を鷲づかみされた!それが高じて本まで出版したんですか。

「2007年に『屋台で食べつくそう!台湾ごはん』(竹書房)を出版しました。取材はアパートを借りてカメラマンと同居しながら屋台を巡るものでしたが、オファー以前から週末ごとに通って食べ歩きしていたので、それが仕事になるとは思ってもみませんでした。でも、最終段階では印刷所の校正室で缶詰になり、ゲラの最終チェックをした時は本当につらかったです」

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