新型コロナウイルスが変える選挙のかたち②
- 2020/5/13
- 政治
新型コロナウイルスの感染拡大によって選挙戦の様相がこれまでとは激変してしまった沖縄県議会選挙。立候補予定者の陣営のなかには、新型コロナウイルスの感染者が出てしまい、選挙活動すらままならないところもある。手探りの戦いを余儀なくされるその現場を取材した。
「微熱が出ているので、ちょっと休ませてもらう」
沖縄本島中部の立候補予定者の陣営関係者のもとにそう電話がかかってきたのは、4月中旬のこと。「無理せずゆっくり休んで」。そんな返事をしたという。電話の相手は陣営の最高幹部。前日に選挙事務所に顔を出した時は、いたって元気そうだった。疲れがたまっているのかな、この関係者はそう受け止めた。
状況が一変したのは、その3日後のこと。最高幹部はPCR検査で陽性となり、そのまま入院することになったのだ。幹部の娘から電話をもらった前出の関係者は「これはヤバいことになった」と頭を抱えた。
すぐさま業者に依頼して、3時間半かけて事務所内を徹底的に除菌。それとともに、事務所の一時的な閉鎖を決めた。陣営には濃厚接触者に該当する者はいなかったが、立候補予定者本人を含めて陣営メンバーはすべて自主的に自宅待機することにした。それからじつに2週間以上にわたる自宅待機の始まりだ。
投票日まで1か月半に迫ったこの時期に、陣営がそろって外で活動できないというのは、選挙を詳しく知る者にはあり得ない事態だ。選対会議もLINEのビデオ通話機能を使ってせざるを得ない。
「意思疎通は十分にできているつもりでしたが、それでも直接、面と向かって議論するのとは勝手が違います。こんなことでいいのか、焦りが募りましたね。立候補予定者にすれば、人生を賭けて選挙に出るというのに外に出ることができない。ものすごいストレスだったはずです」
陣営関係者はそう振り返る。
その立候補予定者は自宅待機中のことをこう話す。
「携帯電話を電源コンセントにつないだままにして、朝から晩まで支援の呼びかけをずっとやっていました。『大丈夫か』と激励の電話がたくさんありましたが、なかには『選挙事務所でクラスターが発生したのか』と、根も葉もない噂を真に受けて電話してくる人もいて・・・。噂の力は恐ろしいと実感しました」
ネットで飛び交うデマ
そうなのである。感染が明らかになった陣営の最高幹部は、4月上旬に行われた選挙とは全く関係がない別の会議の場に出席し、ここでクラスターが発生したことが県の調査で明らかになっているが、あたかもこの選挙事務所でクラスターが発生したかのようなデマがネット上で拡散されたのである。
それどころではない。立候補予定者が自宅で待機していることについて、「感染したので隔離のため入院している」とのデマまでSNS上で飛び交ったという。
4月下旬には後援会長名で、「本人の感染・隔離・重症説も流れていますが、いたって元気であり、本人及び後援会の意思で自主的に自宅待機にて、電話等による相談を受けてご対応させて頂いている」と、デマを否定するコメントをSNSで発表したが、それでもネット上には感染した最高幹部が亡くなったとのデマが複数回流れ、「本当なのか」と新聞記者から後援会長に確認の電話もかかってきたという。
「親しい友人まで『選挙に出るべきではない』と電話をしてきた時は、さすがにキツかったですね」
立候補予定者もこの自宅待機中のつらさをそう振り返る。
投票日まで1か月 もう限界
選挙事務所の再開は連休明けの5月7日。陣営メンバーはいずれも濃厚接触者ではなく、あくまでも自主的に自宅待機したのである。いつになったら、自宅待機を解除してもいいという基準があるわけでもない。再開していいのか迷ったが、投票日まであと1か月。もう限界だと判断した。
再開後すぐに取りかかったのは法定ポスターの発注だ。県の選挙管理委員会の事前審査の期間を考えると、ギリギリのタイミングだった。
いまは事務所内でマスク着用を義務づけ、ソーシャルディスタンスを確保するのはもちろんのこと、1時間おきにテーブルやイス、ドアノブなどを消毒し、次亜塩素酸の蒸気を噴き出す加湿器をいくつも設置した。
「いまやここは一番コロナからほど遠い事務所になりましたよ」
そう陣営関係者が言うほどだ。
再開したと言っても、すぐに外で活動を始めるというわけにもいかない。戸別訪問をしようにも、「クラスターを出した」と根も葉もない噂をもとに非難されかねない。企業や団体の朝礼に顔出しすることもできず、ミニ集会もできない。街頭演説すら自粛している状況で、いまは電話作戦に徹する日々だ。
「こんな選挙は前代未聞ですよ。そろそろ候補者を前面に押し出して活動を展開していきたいのですが、万が一のことを考えると、人集めもできない。だからと言って、電話やSNSだけで支持を浸透させられるのか」
選挙のベテランである陣営関係者すら、そう不安をのぞかせる。
「街を歩いていたら、警察を呼ばれてしまいかねない状況です。うちがクラスターではないといくら説明しても、一度広がってしまった噂はなかなか消えません。時間が過ぎるのを待つしかないのでしょうか。今回の選挙で私が街頭に立ってマイクを握ることができるのは、告示日(5月29日)になってしまうかも知れません」
立候補予定者もこのもどかしい選挙についてそう話しながらも、前向きでいようとの気持ちは忘れない。
「それでも今はできることをぶれずにしっかりやっていく。そういう心境です」