連載小説・宮城亜茶子の生活と意見 第四回

 

 花柄のマイバッグをGMW号の前カゴに入れて、アパートまでの道のりをひた走る。三分もしないうちに、レジデンス久茂地が見えてくる。就職と同時に移り住んだ1K・三万八千円の物件は、築三十年を過ぎて所々ガタがきているが、住めば都で、今ではどこよりも安心できる城となっている。剥がれた塗装やひびの入った外壁も、不思議と哀愁を感じるようになった。

 手洗いとうがいを済ませると、亜茶子は三十分ほど何も考えずにボーっとして過ごす。たいていの場合、ソファに座って、魂が抜けてしまったかのように虚空を見つめ続ける。このとき、自分は事務員としての社会的な存在から一人の女性へと変身しているのだと亜茶子は自己分析している。手の甲にぽたぽたっと何かが落ちて、気づけば涙を流していた、ということが時々ある。

 静かな儀式が終わると、一転して、動の時間が始まる。カーテンをしっかりと閉めて服を全て脱ぎ、カチャーシーと阿波踊りを融合させたオリジナルのダンスを踊るのだ。これまでどのようなダイエット法も長続きしなかったが、試行錯誤の末に辿り着いたのが、この亜茶子ダンスだった。痩せるつもりで始めたダンスも、当初の目的を外れて、今では「なんだか楽しいから」という単純な動機だけで続けている。

 リズミカルに体を動かす度に、姿見にはぷるぷると波打つ贅肉が映る。思春期の頃の自分が見たら、絶望して死にたくなるだろうな、と思う。しかし、これが現実なのだと亜茶子は開き直る。悲しみがこみ上げてくると、ひょっとこみたいな顔を作って、滑稽な動きに拍車を掛ける。もはやピエロだな、と思うが、最近はそんな自分も嫌いではない。

 一汗かいたあとは、シャワーを浴びて、待ちに待った夕食の時間を迎える。じゅーしーとキャベツボールをもぐもぐ食べて、ビールをぐびぐび飲む。・・・・・たはぁ、うまい! ここにポテチが加わり、二本目のビールを開ける頃には、この食生活が腰周りの浮き輪肉の原因だという事実は完全に頭から消え去っている。脳内には快楽物質が分泌されて、カロリーという概念は霧散し、部屋は小さな楽園へと姿を変える。

 食事中のテレビは、録画してある番組の中からその日の気分で選ぶことにしている。この日は『鶴瓶の家族に乾杯』。初対面の人の懐に飛び込んでいく神業を持つ鶴瓶を、亜茶子は七福神の一人・布袋様の化身だと思っている。問題を起こしながらも周囲を和ませる天性のお調子者は、この国の芸能界の宝だ。鶴瓶が総理大臣だったらいいのにな、と亜茶子は本気で考える。あの笑顔とコミュニケーション能力こそミサイルを上回る抑止力になると密かに確信している。

 独り身の寂しさで感傷的になった夜は、『ドキュメント72時間』を観る。人間の哀しみと喜び、一筋縄ではいかない人生の綾を見事に映し出した番組だ。どんな人間にも歴史があり、胸を熱くさせるドラマがある。人間の苦悩と温かさが、画面越しにも伝わってくる。NHKは本当にいい仕事をするな、と、亜茶子は感嘆しながら豪快に鼻をかむ。

 テレビを観たり、洗濯物にアイロンをかけたりしているうちに、いつの間にか二十三時を回っている。亜茶子はベッドに横になって、高校時代からつけている日記を書く。一言で終わる日もあれば、溢れる感情を五ページに渡って書き殴る日もある。読み返すことは滅多になく、眠気を誘うための方法のようなものだ。瞼が重くなってきたら、くるりと仰向けになって、天井からぶら下がる紐を引っ張って電気を消す。

 「神様、今日も一日ありがとうございました。明日もなんだかんだで良い日になりますように」

 そう呟いて、亜茶子は世界に「おやすみ」を言う。

(続く)

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野原誠喜

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1986年沖縄生まれ 詩人・小説家
第40回琉球新報短編小説賞受賞
詩集『燃えた城のある街で』

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