連載小説・宮城亜茶子の生活と意見 第二回

 

 グスク・トリオが揃った翌週の水曜日、玉城さんの「はいはいはい」が引き金となって、亜茶子の溜まりに溜まったストレスは爆発した。

 「玉城さん、人の話は最後まで聞いてください! その二つの耳は飾りなんですか? あなたの思い込みで事務がどれだけ大変な思いをしているのか、わかっているんですか? ・・・・・金城さん! 話が全ッ然、面白くない! こっちは仕事をしていて、暇じゃないんですよ! 話を聞いてほしかったら、松山のキャバクラかどっかに行ってください! ・・・・・最後に、大城さん!」

 そこで、どっと涙が溢れた。最大の敵を前に、恐怖で体が震えた。しかし、ここで泣き崩れてしまうと、ないがしろにされてきた時間が報われない気がして、茶子はぐっと奥歯を噛みしめて、お腹に力を入れた。

 「あなたは少しでも女性の気持ちを考えたことがありますか? そんな大きな体で大きな声を出されると、威圧感が半端なくて怖いんですよ! もっと人に優しく、平等に、一人の社会人として接してください!」

 魂のシャウトが響き渡った社内は、水を打ったように静まり返った。しかし、美紀子さんが立ち上がって拍手すると、四方からパチパチと、まばらではあったが、確かな拍手が続いた。黙って亜茶子を見つめる社員の視線の中にも「よくぞ言ってくれた!」という声なき声がはっきりと読み取れた。この出来事は、コザ騒動になぞらえて〈亜茶子騒動〉と呼ばれ、今でも同僚たちの間で語り草になっている。

 この一件で態度を改めるほどグスク・トリオは甘くなかったが、騒動以降、それまで被害を受けてきた社員たちの連帯は強固なものとなった。急な変更はその日の内に報告する「ホウレンソウ問題」、給湯室の石鹸や洗剤を環境に優しいものに変える「オーガニック・ソープ紛争」、エアコンの設定温度を巡る「二六・五事件」など、いくつもの衝突を経て、亜茶子を中心とする改革は進んでいった。その都度、グスク・トリオからは横槍が入ったが、諦めずに声を上げ続けることで、少しずつ亜茶子の理想とする職場に近づいていった。

 そんな亜茶子も三十代に入ると、敵対心しか抱いてこなかったグスク・トリオに対する見方が変わった。玉城さんにアスペルガー症候群の疑いがあること、金城さんが一人で両親の介護をしていること、大城さんが離婚した奥さんと二人の息子の生活費を払っている事実を知ったことも大きかった。この変化が母性によるものなのか、単純に年を取ったからなのか、亜茶子にはわからなかったが、みんな社会で必死に生きているのだと思うと、戦友のような感覚が芽生えてきた。

 仕事の経験値が上がったことで、それまで下手に出ていた場面で確固たる存在感を示せるようにもなった。逃げようとする玉城さんを捕まえて間違いを指摘し、金城さんのつまらない話に舌を打って睨みつけ、大城さんには無言の圧力で対抗できるようになった。二十代の頃の亜茶子からすれば信じられない変化だ。そんな自分を客観的に見て、おばさんになったな、と思うこともある。仕事のやる気スイッチは午後二時の段階ですでに切れていて、頭の中は帰宅後のビールとおつまみのことで一杯になっている。これじゃもはやおじさんだな、と思うが、今さら本心を隠そうとも思わない。この十五年で大事な何かを失った気もする。しかし、絶望しそうなので、その何かについては考えないことにしている。

(続く)

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野原誠喜

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1986年沖縄生まれ 詩人・小説家
第40回琉球新報短編小説賞受賞
詩集『燃えた城のある街で』

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