連載小説・宮城亜茶子の生活と意見 第一回

 

 宮城亜茶子は那覇にある建設会社で事務の仕事をしている。専門学校を出てすぐに就職して、今年で十五年目になる。入社当初は最年少だったが、先輩たちが一人、また一人と退職していくうちに、いつの間にか事務員の中ではお局の新垣さんに続いて上から二番目になってしまった。

 元々、淡々とした作業が苦ではなかったので、事務の仕事自体に不満はない。ただ、会社の人間関係がすこぶる面倒で、亜茶子の後に入社した事務員は四人も辞めている。みんな素直でやる気のあるいい子たちだったが、グスク・トリオの前に儚く散ってしまったのだ。

 玉城さん、金城さん、大城さん。亜茶子のOL生活は、このグスク・トリオとの戦いの歴史だと言っても過言ではない。アクの強い三人の上司に対して、亜茶子は名前に「城」の文字を受け継ぐ者として勇猛果敢に挑み続けてきたのだ。

 まず、総務部の玉城さんは、人の話をまったく聞かない。「はいはいはい」と言って自分のタイミングで話を切り上げ、独り合点して間違いを犯しても他人のせいにする。その上、声が小さく、独り言のようにもにょもにょ言うので、大事な箇所が聞き取れない。新人の頃、亜茶子は自分のコミュニケーション能力に問題があるのだろうかと悩んだものだが、日時を記したメモを渡したり、他の社員と情報を共有したりすることで、冤罪を回避するための作戦を編み出した。

 営業部の金城さんは、ひたすら面白くない親父ギャグを飛ばしてくる。最初は玉城さんよりマシだと思っていたが、相手が笑うまで延々と喋り続ける執拗さはアナコンダのようで、やがて真綿で首を絞められるような恐怖を感じるようになった。少しでも口角を上げようものなら、一ミリも中身のない不毛な時間に付き合わされて、気が狂いそうになる。耳のスイッチを切って話を聞き流す技術を身につけるまで、亜茶子は拷問に耐え続けなければならなかった。

 建築部の大城さんは、沖縄のおじさんのダメな部分を煮詰めたような存在だ。明らかに女性を下に見ていて、訴訟を起こしたら百パーセント勝てるレベルのパワハラ発言を連発する。デリカシーが微塵もなく、人のプライベートに土足で踏み込んでくる。短気で、口が悪く、相手を威圧するように話すのだが、誰よりも仕事で結果を出しているので、社長を含め、面と向かって注意できる者はいない。玉城さんと金城さんの壁を突破できても、大城さんの前で砕け散った新人を亜茶子は何人も見てきた。

 若かりし頃の亜茶子は、グスク・トリオとの戦いで精も魂も尽き果てて、トイレの個室で涙を流す日々を送った。仕事が向いていないのだと自分を責めて、新聞の折り込みに入っていたユーキャンの通信講座一覧表を眺めながら、医療事務の資格を取ろうかと本気で考えたこともあった。しかし、他業種で働く友人たちの話を聞くと、みんなそれぞれの職場で悩みを抱えているようで、三年は頑張ろうと心に決めた。

 亜茶子を窮地から救ったのは、七年先輩の美紀子さんだった。二人の子どもを育てるシングルマザーの美紀子さんは、社内で女王蜂の異名を取るクール・ビューティーで、目を真っ赤に腫らしてトイレから出てくる亜茶子を見かねて食事に誘ってくれたのだった。

 ステーキを食べたあとに行ったカラオケバーで、美紀子さんは白百合の炭酸割りを飲み干すと、ハスキーな声で言った。

 「亜茶子、あんたは真面目すぎるのよ。グスク・トリオなんて三匹の子豚かイヌ・サル・キジだと思えばいいんだから。会社はあんたの生活を支えてくれるかもしれないけど、幸せにしてはくれないよ。給料分働けばいいの。うまく立ち回らないと、心も体も壊れてしまうよ」

 現代の黄金言葉を授けたあと、美紀子さんは渡辺美里の『My Revolution』を熱唱した。男社会の中で逞しく生きる女性の姿を前にして、亜茶子は「生まれ変わろう・・・・・生まれ変わるんだ」と胸に誓った。

(続く)

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野原誠喜

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1986年沖縄生まれ 詩人・小説家
第40回琉球新報短編小説賞受賞
詩集『燃えた城のある街で』

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