連載小説・宮城亜茶子の生活と意見 第十回

 

 図書館から出ると、太陽はすっかり西に傾いて、海の方から涼しい風が吹いていた。しばらくハチミツ色の夕焼けを眺めたあと、亜茶子は前から気になっていた『ほしぞら公民館』のプラネタリウムに行ってみようと思った。しかし、スマホで調べてみると、投影時間はすでに終わっていて、仕方なく、GMW号に乗って来た道を戻ることにした。

 パレット前広場からスクランブル交差点を斜めに渡って、GMW号を押しながら国際通りを歩いた。おきなわ屋は臨時休業中で、オープンしたばかりの居酒屋は早くも潰れ、ホテルの一階に入っていたローソンも無くなっていた。コロナの爪痕をまざまざと見せつけられる一方で、松尾交差点の角にレモネード屋が開店していたり、アパレル店の跡地にキッチンカーが出店していたりと、十年ぶりぐらいに「栄枯盛衰」という四字熟語が頭に浮かんだ。

 そのまま安里まで行ってもよかったが、久しぶりに浮島通りを歩くことにした。中学時代、亜茶子はこの通りにあった服屋でファービーが描かれたTシャツとダメージジーンズを買ったのだが、数週間後にその組み合わせが性格の悪い陸上部の先輩と丸かぶりしていることがわかって、泣く泣く押し入れの奥に封印したことがあった。〈人生、そう甘くないな〉と心に刻んだ、十四歳の夏の出来事だった。

 セブン・イレブンを通り過ぎ、サンライズ通りに突き当たったところで、食欲をそそる香りが鼻先をくすぐった。その香りの出所を探るように右に曲がると、韓国料理店の外の席で客たちが楽しそうに食事をしていた。冷たいビールとヤンニョムチキンなんて最高だろうな、と思った自分に「いやいや。減量、減量」と冷静なツッコミを入れて、後ろ髪を引かれる思いで先へと進んだ。

 しかし、たこ焼き屋の前に差し掛かったとき、お腹の中の反乱軍が「ぐぅ~」と狼煙を上げた。横を見ると、客たちが美味しそうにビールとたこ焼きをグビグビ×モグモグしていて、体重という数字に囚われている自分がバカらしくなった。そのうち、「経済も回さなくちゃ」と都合のいい天の声が聞こえて、亜茶子は近くのすーじぐわーにGMW号を停めて、吸い込まれるように店に入った。

 手作りの仕切りが設えられたカウンター席に座って、注文を取りに来たネパール人の女の子に「生ビール、たこ焼き(おろしポン酢)、手羽元唐揚げ」と伝えた。・・・・・あぁ、ついに禁断の扉を開けてしまった。でも、たまには外食をしてストレスを発散するのも悪くないよね、などと葛藤しつつ、厨房に視線を向けると、たこ焼き担当の青年が俳優のホアキン・フェニックスに似ていることに気がついた。

 予期せぬホアキンに興奮した亜茶子は、運ばれてきたビールに口をつけ、あらためて店員たちの顔を確かめてみた。すると、五人全員が彫りの深いネパール人で、一瞬、カトマンズの日本料理店に迷い込んでしまったかのような錯覚に陥った。ネパールから沖縄に日本語を学びに来て、大阪名物のたこ焼き屋で働くというチャンプルーな状況に人生の不思議を感じていると、待望のたこ焼きがやって来た。

 空腹のあまり、出来立てのたこ焼きの殺人的な熱さを忘れて口の中に放り込んでしまった。「アファ、ファファファ」と、心の中でハーモーのブルース・リーが暴れ回る中、我慢の限界に達して、左手でモザイクを作って皿の上に吐き出した。誰も見ていませんようにと祈りながら恐る恐る顔を上げると、真顔のホアキンとばっちり目が合って、恥ずかしさのあまりその場から逃げ出したくなった。

「ハイサイ。チャーガンジューね?」

 亜茶子の凍りついた心を溶かしてくれたのは、水色の作業着を着たおじさんの古典的な挨拶だった。おじさんは亜茶子の二つ隣のカウンター席に座ると、サーターアンダギーの袋を店員の女の子にプレゼントした。おじさんはその子がお気に入りのようで、何度も「ジャスミン」と名前を呼んで気を引こうとしていたが、ジャスミンは愛想笑いを浮かべるだけで、まったく相手にしていなかった。

「お姉さん、食べるね?」

 亜茶子にターゲットを変えたおじさんは、「はい」とサーターアンダギーを差し出した。突然の出来事にうろたえたが、善意を無駄にしてはいけないと思って受け取ると、おじさんは〈もう友達だよね!〉と言わんばかりに「どこに住んでるの?」、「結婚は?」などとプライベートな質問を連発した。親戚の雄二おじさんと同じメンタリティーにうんざりした亜茶子は、不本意ながらもサーターアンダギーを平らげ、たこ焼きと唐揚げをビールで胃の中に流し込み、そそくさと会計を済ませて店を出た。

 市場本通りに向かって歩きながら、亜茶子は膨れた下っ腹をポンポンと叩いた。体重を減らすつもりが逆に増やしてしまい、余計なサーターアンダギーまで食べてしまった自分の優柔不断な性格を恨めしく思った。さっきの出来事を誰かに詳しく聞いてほしかったが、仲の良い友達は育児や仕事で忙しく、暇そうな知り合いは一癖も二癖もある人間ばかりで、ちょうどいい話し相手が見つからなかった。

(続く)

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野原誠喜

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1986年沖縄生まれ 詩人・小説家
第40回琉球新報短編小説賞受賞
詩集『燃えた城のある街で』

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