沖縄県勢初のTリーガー誕生 上江洲光志の勇ましい卓球人生とは

 
実業団の名門・東京アートでプレーしていた頃の上江洲光志(提供:卓球レポート)

 沖縄県出身のTリーガーがついに誕生した。

 その名は上江洲光志。うるま市出身の26歳。4月、卓球Tリーグ男子の琉球アスティーダと選手契約を結んだ。リーグ初年度の2018年から参戦を続けるアスティーダにとっても、待望の地元出身選手だ。

 うるま市立天願小学校を卒業後、全国的に名門校で知られる愛知県の愛工大名電中学校に進学。愛工大名電高校、愛知工業大学と同じく強豪の系列校を経て、日本を代表する選手が揃う実業団の東京アートで4年間プレーした。

 4月24日、東京で練習に励む上江洲がオンラインでインタビューに応じた。競争の激しいエリート街道で自らを磨き続けてきた卓球人生とはー。

きっかけはデフリンピック選手の父・光彦さん

 「物心付いた時から親と遊びがてら卓球をしていました。だから、正確に何歳からやってるか分からないんですよ」

 ラケットを手にしたきっかけは、ろう者の父・光彦さんの存在だった。聴覚障害者にとってのオリンピックとされる「デフリンピック」に日本代表で出場する程の名選手で、遊びがてらとはいえ「小さい頃から厳しく指導されました」。

 父に腕を引かれるまま、小学2年の時に県内の強豪クラブである沖縄市のコザ卓球クラブに入った。練習の無い日は以前と変わらず父と打ち合い、卓球漬けの日々を送った。

 初出場の県大会は3年生以下の部で1学年上の選手もいたが、ほぼ基礎が出来上がっていた上江洲はいきなり頂点に立った。その後も大会に出る度に優勝を重ね、県内では敵無し。しかし、3年生の時に初めて県代表として出場した全国大会は結果が残せず、負けず嫌いの性格に火が付いた。

 4年生に上がると、父に伝えた。「僕はもう小学校までしか沖縄にいない。もっと強い学校に行って、もっと自分の技術を磨きたい」。コザ卓球クラブのコーチの繋がりを辿り、愛知県の愛工大名電中学校への進学を決めた。

12歳で単身強豪へ ウーマクーが成長

和やかな表情でオンラインインタビューに応じる上江洲光志=4月24日

 小学生の頃は「敬語も使えないウーマクー(やんちゃ)だった」という。負けず嫌いではあったが、卓球に対しても「真面目に練習するって何だろう、ていうくらいおちゃらけてました」。県内では力が抜きん出ていて、競い合える環境が乏しかった影響か、どこか熱中し切れないでいた。

 しかし、全国から特待生の猛者が集まる強豪校ではそうはいかない。入部直後、レベルの高い先輩や同期のプレーを見て痛感する。「今まで通りやってたら、絶対に3年間活躍できずに終わってしまう」。危機感に突き動かされ、真剣に競技と向き合うようになっていった。

 寮から徒歩5~10分ほどの練習場で、毎日午後9時頃まで2部練習を行う。技術、精神面ともに成長し、1年の頃から団体戦でレギュラーを獲得。3年時には全国中学校体育大会で団体3位、シングルスでもベスト8入りを果たし、全国区の選手にのし上がった。

 「高校になると男子は体つきがガラッと変わって、パワーのあるドライブを打ってくる選手も出てくる」と、愛工大名電高校では筋力トレーニングにも注力した。部員は14、5人と少数ながら「ベンチメンバーも他校に行けばエース級」という精鋭揃い。ここでも2年の全国選抜からレギュラーを勝ち取り、この大会で団体2位。3年の全国総体も団体3位、シングルス16強の好成績を残した。

 大学でも全国トップクラスで活躍し、卒業後は実業団の東京アートへ。日本リーグや日本選手権の団体で歴代最多優勝回数を誇り、多くの日本代表を輩出してきた屈指の強豪だ。上江洲も2019年度の全日本社会人選手権ダブルスで3位に入るなど結果を残した。「日本を代表する選手が身近にいる中で日常を送っていた。いろんなことを学び、お金では買えないような時間でした」と充実した4年間を過ごした。

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