新世代、世界のウチナーンチュ 8)アルゼンチンで本場の沖縄料理、赤嶺イヅミさん

 
アルゼンチン県人会連合会で日本語も学ぶ学生たちと(赤嶺さんは2列目左から3人目)

 アルゼンチン・ブエノスアイレスで生まれ育った沖縄県系2世の赤嶺イヅミさん(35)。アルゼンチンで沖縄料理に魅せられ、県費留学生として本場沖縄での琉球宮廷料理の勉強を終え、シェフとしてブエノスアイレスの日本料理店や現地県人会イベントで沖縄料理を提供し続けている。コロナ禍の現状やこれからについても語ってくれた。

行政や民間が強化に取り組む「世界のウチナーネットワーク」。海外に飛び立った多くのウチナーンチュとどのように協力し発展していくべきか、沖縄県のベトナム、シンガポール委託駐在員を歴任した遠山光一郎さんが世界各地のウチナーンチュを紹介していきます。

アルゼンチンの沖縄料理レストランで働いたのを機に

 赤嶺さんのご両親は共に那覇出身だ。お父様は13歳の時にボリビアを、お母様は9歳の時にボリビア、ブラジルをそれぞれ経て、よりよい生活環境を目指してアルゼンチンに移住した。沖縄県系人の南米移住では国により日本語教育や修得率に違いがある。赤嶺さんも幼少期から学校や日常生活でのメイン言語はスペイン語ながら、ご両親とは日本語やうちなーぐちで会話するとともに日本語補習校でも日本語を学ぶというチャンプルー環境で育った。

 就職の時期にきて、アルゼンチンと違う経験を積み、日系という自身のルーツに触れたいとの思いから、20歳の時に日本・横浜市にある食品関係工場での仕事をすることを決意する。横浜にはアルゼンチンやブラジルから日系人や県系人がすでに多く働いており、赤嶺さんのご両親も先に移り住んでいたので自然な流れだったという。

 治安や生活環境も南米と違う日本での生活は、自身が生まれ変わったように感じた。24歳でブエノスアイレスに戻り、日本料理店での仕事を経て、2013年からアルゼンチン沖縄県人連合会の会館内にある沖縄レストランで働き始める。

 「アルゼンチンの沖縄料理は地元の食材でアレンジされ、味付けなども沖縄のものとは違うはずだ」と感じ、次第に本場の沖縄料理を学んで店を出したいという夢を持つようになったことから、2018年に沖縄県費留学に挑戦する。沖縄県人連合会事務局の面接や日本語のテストを受け見事合格した。当時、アルゼンチンからの県費留学生は毎年、1-2名派遣されており、赤嶺さんの年度は2名が沖縄に派遣されることになった。赤嶺さんは夢の実現に向けて一歩踏み出した。

沖縄留学で琉球宮廷料理に驚き

 沖縄での最初の3ヶ月間は日本語学校で日本語を勉強し、本来の目的である琉球宮廷料理を学ぶために松本料理学院に入学した。沖縄の主婦、栄養管理士たちと共に琉球宮廷料理を学んだが、生徒たちの琉球料理やその継承、普及発展に対する熱い思いをひしひしと感じ、感動したという。伝統料理を日常の料理として提供する機会を作ったり、イベントなどで披露したいという意欲に溢れていた。

 これまで見たことも聞いたこともない、琉球宮廷料理の修業は9ヶ月に及んだ。「料理学校で学ぶ琉球宮廷料理は沖縄の飲食店のメニューにもない料理も多く、とてもびっくりした」という。「いろいろな料理を学んだが味噌ラフテーが一番好き。三枚肉を長時間煮込み、口の中でとろける感覚が大好き。白飯がめちゃくちゃ進みます」

真ん中が赤嶺さん。沖縄留学時に松本料理学院でアルゼンチン料理を披露

 沖縄留学中に得たのは、もちろん料理の知識や技術だけではなかった。他国からの留学生とも家族のように接して、台湾や中国の留学生が主催するイベントなどにも参加し、皆一緒に各国の料理も披露し合った。「まるで修学旅行のように楽しかった、アルゼンチンの県系人の後輩たちにもぜひ勧めたい」と話す。留学で初めて訪れた沖縄。アルゼンチンで両親からいつも、沖縄の親戚に優しくしてもらっていたことを聞かされていた。実際に赤嶺さんの沖縄生活では、親類だけでなく知らない人にさえ親切に迎えられ温かさを感じた。両親がよく「沖縄の人の温かさ」について話していたことを思い出していた。

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