南米にある村「オキナワ村」とは? 安里三奈美のボリビア日記①

 

 日本に沖縄県があることを知っていても、沖縄の裏側に位置する南米のボリビアに「オキナワ村」と呼ばれる村があることを知っている人は少ないのではないだろうか。

 オキナワ村は、沖縄から飛行機を乗り継いで約35時間の距離にあるボリビアの東部にあり、約250家族、人口約900人の沖縄県系人が住んでいる。沖縄県系人以外には約12,000人のボリビア人が住んでおり、この村は今から65年以上前に、日本の沖縄から移住した沖縄県人によって作られた。総面積は111,378haで沖縄本島よりやや小さく、約42%が沖縄県系人所有の農地となっている。

 ボリビアの主要言語のスペイン語では「コロニア・オキナワ」と呼ばれ、コロニアとは植民地や移住地という意味である。

 このコロニア・オキナワに私はボリビア在住の県系3世との結婚を機に3年前から暮らしている。はるか沖縄の裏側の南米で暮らしながらも、県系人たちはルーツである沖縄の文化を大切に守り続けている。そんな南米の県系人たちの暮らしぶりをこれから紹介していきたい。

南米にある「もうひとつのオキナワ」と呼ばれる村

 オキナワ村をGoogle Mapで拡大すると、「オキナワ移住地」という文字がでてくるが、世界でオキナワが行政区として登録されているのは、日本の沖縄とボリビアのオキナワの2つだけである。オキナワ村があること自体も驚きだが、行政区として登録されていることはさらに驚きだ。

めんそ〜れと迎えてくれる、オキナワ村の入口

オキナワ村へ向かうと、「めんそ〜れ オキナワへ」と書かれた看板が出迎えてくれる。沖縄の離島のような空気感が広がり、右も左も見渡す限り地平線まで広がる大草原で何百頭の群れの牛がのんびりと草を食べている。


 めんそーれの看板の少し先をいくと、オキナワ日本ボリビア文化会館、オキナワ歴史資料館、オキナワ第一日ボ学校、オキナワ診療所、オキナワ総合スポーツ公園、コロニア沖縄農牧総合組合など「オキナワ」という名前がつく様々な施設がある。驚くことに、沖縄の伝統文化、食も残っているのだ。

日本語で書かれたお店や日本食の食堂も

 オキナワ村の大通りには日本語で書かれたお店や日本食が味わえるお店もある。

 比嘉食堂、屋良商店、金城商店、熱田食堂、ウチナー店など、沖縄で馴染みのある苗字や名前のお店ばかりが並ぶ。商店の品揃えは生活用品の他にも味噌や豆腐などの日本食、中身汁やゴーヤーなども置いてあって、沖縄料理には困らない。

日用品などが売られているウチナー店
熱田食堂の入り口

 商店で「味噌ある?」と日本語で聞くと「あるよ」と返ってくるのにも驚いた。南米と聞くと異国の地のように思うが、日本語が通じると海外にいるとは思えないほど安心する。

病院は日本語が通じるから安心

 オキナワ村の中央には、日本語が通じる病院「オキナワ診療所」がある。診療所には、日本や沖縄に研修に行き、日本で働いた経験のある日系人の看護婦や医師がいるため、日本語が通じる。

 現地に住むスペイン語が分からない県系人にとって、日本語で看病してもらえる病院があるという安心感は大きく、さらに観光客にとっても、旅行中、急にお腹を壊したときや体調を崩した際にすぐ駆け込めるのは安心だ。

午後は日本語で授業!三線や沖縄文化の授業も!

 診療所の真向かいにあるのは日本語学校。この学校には、日系人の子供達やボリビア人の子供達が通い、午前中はスペイン語、午後は日本語で授業が行われる。沖縄県から派遣された教員らが、挨拶、掃除、生徒会活動、ラジオ体操など日本の教育文化を取り入れ、今も残っている。この学校では、スペイン語と日本語の二か国語を話し、両方の文化が学べるのが魅力的だと親御さんらは言う。

 また、三線やエイサー、沖縄文化の授業も行われており、三線の授業に耳をすませてみると、童神や安里屋ゆんた、てぃんさぐぬ花など沖縄の定番曲が聞こえる。工工四を覚え、行事があると三線を披露するのだそうだ。学校に通う子どもたちにとって三線は身近な楽器であり、もしかすると沖縄の子供達よりも沖縄文化が身近にあるかもしれない。

文化施設やスポーツ施設も

 診療所から100メートルほど進むと、右にスポーツ施設、左にオキナワ日本ボリビア文化会館、オキナワ歴史資料館がある。

 スポーツ施設にはグラウンドとゲートボール場があり、日中はおじぃとおばぁの溜まり場である。やはりおじぃおばぁは沖縄でも海外でもどこにいても、日中はゲートボールを楽しむようだ。

オキナワボリビア歴史資料館

 スポーツ施設の真向かいにあるのは、オキナワ歴史資料館。ここではオキナワ村が誕生した歴史を学ぶことができる。開拓時の道具や沖縄からボリビアに渡ってくるときに持ち込んだ生活用品を見ることができる。中には、戦時下の沖縄に投下された不発弾を利用して作った樽なども展示されている。

南米のオキナワ村は沖縄らしさが残る村

 日本・沖縄の反対側に位置するオキナワ村だが、沖縄に住んでいるかのような変わらない空気感に、さらに、根付いた沖縄文化にも驚くことばかりである。遠く離れた地でも沖縄文化やゆいまーる精神を受け継ぐ村があることを知ると、この村の生活や人、融合された文化などもっと知りたいと思わせてくれる。

 南米を訪れる際は、ボリビアのオキナワ村にも訪れて、南米の「オキナワ」を感じて欲しい。

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安里 三奈美

安里 三奈美

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ボリビア在住3年、1児の母。フリーライターとして観光や沖縄県系コミュニティーについてWEBや紙媒体で執筆、寄稿等を行う傍ら、家系図や家族史・自分史の制作会社の代表も務める。2011年に県系の若者をつなぐネットワークを構築、県系若者が集う大会を世界各地で開催。2015ミスうるま。著書に「刻まれた21cm」(文芸社)

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