琉球と薩摩思惑が交錯 アラハビーチに横たわる英国船秘話

 

ニライカナイ信仰の考え方

 そもそも古来より琉球には「ニライカナイ信仰」が根付いており、「海の彼方からやってくるものには福があり、受け入れて手厚くもてなす」という考え方があった。現代でも沖縄県民の根底には、外からの来訪者をもてなすという精神はしっかり受け継がれていると感じる。

 しかし先の事件は時代が時代だ。座礁船がイギリスの船と分かった時点で、宗主国「清」の敵国であり難破船救助は公にはご法度だったと容易に考えられる。さらに日本も厳格な鎖国政策時代だ。幕府から異国船を見つけ次第攻撃せよと命じられている中、琉球に派遣されていた薩摩の役人も異国船には目を光らせていたことだろう。

 ではなぜ、北谷の民と琉球王府は座礁したイギリス船を救出し、彼らをここまで手厚くもてなしたのだろうか。なぜ薩摩の役人は幕府へ座礁船の事を報告しなかったのだろうか。

見ぬが仏、聞かぬが花か

 こうは考えられないだろうか?

 琉球にとって、清国への忠誠を保つ上でもイギリス船は取り締まる対象のはずだが、ここで万が一争いが起き事を荒立ててしまうと、日本を含む三大大国間の国際紛争に発展してしまう可能性がある。
 琉球としては、そこに巻き込まれてしまうと不利益を被る。そして実は薩摩藩にとっても、琉球は独立国家である方が貿易利潤を生むためには都合が良かったし、他藩に対しても一国を従属させているという権威付けが出来ていた。

 こうした微妙なバランスで成り立っていた体制を維持したいという琉球側、薩摩側の思惑が働いた可能性が高い。
 それに加えて、もしかすると島国ウチナーンチュの「事を荒立てず、うまく強かに乗り越えよう」という精神が長い時を経て薩摩役人にも伝播し、彼らも「見ぬが仏、聞かぬが花」を選択したのではないかとも思えるのだ。

 こうした漂流事件は当時いくつもあったようで、その積み重ねが西洋人に琉球を「信じられないほどホスピタリティに溢れた南国の楽園!」とイメージさせたのかもしれない。
 琉球の人たちが手厚いもてなしに対する謝礼を決して受け取ろうとしなかったことが現在まで伝わっているのも、受け取ることで宗主国以外と国交を結んだと誤解されないためだったとも考えられる。また、そこには島国ゆえのホスピタリティもあったのだろう。

 次回アラハビーチでインディアン・オーク号を見かけた際には、この事件を思い出し、当時の状況や先人たちの外交的な判断にも想いを馳せて欲しい。

Print Friendly, PDF & Email
次ページ:
1

2

池村 純

投稿者記事一覧

沖縄情報英字ウェブマガジン Okinawanderer、外国人向けライフスタイルサイト Okistyle を運営する(株)琉球プレスの代表。日々外国人と民間業者および県民との接点を作り出すコーディネーター、コンサルタントとしても活動。2018年より毎週火曜日午後7時台エフエム沖縄『Share TIME』にボス・イケムラとしても出演し、沖縄の隠れた魅力を発信中!

この著者の最新の記事

関連記事

おすすめ記事

  1.  新型コロナウイルスの影響で国境を越えた移動が難しくなり、沖縄にほど近い台湾との交流も未だ…
  2.  2020年から継続して新型コロナウイルスの影響を直接受け続け、2021年も大きな打撃を受…
  3.  沖縄県教育委員会が琉球王国の外交文書集『歴代宝案』を中心とした歴史資料と、沖縄戦で失われ…
  4.  沖縄初のプロ野球球団として2019年に発足した琉球ブルーオーシャンズ。しかし、新型コロナ…
  5.    去年6月に結成された県内初の社会人アメリカンフットボールチーム「琉球ガーディア…
琉球海運_広告国場組大寛組前田鶏卵
国場組琉球海運_広告大寛組前田鶏卵

特集記事

  1.  2021年7月、「奄美大島、徳之島、沖縄島北部および西表島」がユネスコ(国連教育科学文化…
  2.  日本の子供を取り巻く危機的状況を打開すべく、菅前首相の大号令で突如動き出したこども家庭庁…
  3.  政府は昨年12月21日、子供政策の司令塔となる「こども家庭庁」の創設に向けた基本方針を閣…
ページ上部へ戻る ページ下部へ移動 ホームへ戻る 前の記事へ 次の記事へ