「服は終わった」 沖縄発の新ブランド「と」が問いかけるもの
- 2021/1/9
- 経済
新型コロナウイルスの感染拡大によってアパレル業界に深刻な影響が出ている。そんななか「WEAR IS OVER!(服・アパレル業界は終わった)」と掲げるブランドが昨年末にリリースされた。その名も「と」。
生み出したのは、エステサロンなどの経営及び自身の陶芸作品やペーパージュエリーの制作も行っている有限会社ビバーチェ代表取締役社長・伊是名淳(いぜな あつし)さんだ。
リリースしたばかりのブランドの第一弾としてはかなり衝撃的だが、そこに込められた伊是名さんの思いとはどのようなものなのか。
コロナ緊急事態宣言中に思いついたブランド
新型コロナウイルス感染拡大により、昨年は世界中が不景気に晒される年となったが、中でも深刻な業種のひとつに「アパレル業界」があることは多くの人が感じているのではないだろうか。
総務省の行う家計調査によると、緊急事態宣言が初めて発令された2020年4月の「被服及び履物」の世帯消費支出は1世帯当たりの支出金額が5036円となっており、前年2019年4月の10932円と比較すると半分以下だ(※二人以上の世帯を対象とした調査)。実際にビバーチェが運営に関わるAPARTMENT OKINAWA SEASIDE(イーアス豊崎内)も、オープン早々コロナ禍の影響を受け、厳しい状況が続いている。
その状況下で書かれた「服(アパレル業界)は終わった」の文字は、非常に生々しく感じるが、「終わった」という言葉とは裏腹に、数々のアーティストをプロデュースしてきた伊是名さんが、自身のブランドを手掛けるのは今回が初めてだという。
「私はこれまで、有限会社ビバーチェの代表として数々のブランドやデザイナーのプロデュース業に徹してきました。私自身の陶芸作品も制作してきましたが表現者として生み出すよりも、これからの才能を後押しする方が向いていると思ってきましたし、それをジャッジする事に自信がありました。だけど同時に、人のプロデュースはできるのになぜ自分のはできないんだ、というジレンマもありました。なぜか自分の事だとわくわくが長続きしないんです」
ジレンマを抱えながらも、会社の代表として常に「やらなければいけない」に追われる日々が続いていた伊是名さん。今回リリースしたアパレルブランド「と」を思いついたのは、昨年の緊急事態宣言中のことだった。
「緊急事態宣言が発令し、社会人になって初めて“外界からも自分からも何もできない”という経験をしました。だけど電気はついているし、心も身体も元気で時間もある。こんな機会はなかなかないので、これは何かしないと勿体ないと思いました」
そこで以前よりジレンマがあったという「自身のプロデュース」を、脳内でイメージトレーニングすることにした。どういうことかというと、脳内で架空のブランドをつくり「こういうブランドがあれば自分ならどうプロデュースをするか」を第三者の視点で妄想する、という方法だ。
その方法を繰り返すうちに、伊是名さんの中でコンセプトが芽生えた。
何か“と”何かを繋げる「と」をデザインする
長くプロデュース業を行ってきた伊是名さんだが、考えてみると、いいと思うものや惹かれるものはいつも普遍的だったことに気付く。「こっちに転んだら危ないけど、どうにか絶妙なバランス感で保っている」というような、少し危ういものにいつも惹かれてきた。
そして絶妙なバランスは、何かと何かが掛け合わさった「表裏一体」から生まれることが多いと気付く。例えば音楽とアートのコラボ、ファッションをテーマにした映画など、どちらかひとつではなく双方が掛け合わされて初めて生まれる表裏一体なモノにこそ「理由が分からないけど、なんかいい」という価値を感じていたのだ。
「そう考えると『何かと何か』の関係こそが重要だと思いました。それを突き詰めていくと、『何か』と『何か』を繋げている『と』こそが実は1番凄い、というところに行きついたんです。『と』って言葉がこの世からなくなったら一体どうなってしまうのだろうかって」
何かと何かを繋ぐ「と」こそ普遍的で美しいのではないか。その考えに至り、ブランド「と」が誕生した。さらに伊是名さんは「と」のコンセプトとして「エモーショナルであること」も掲げている。
「今の時代、エモーショナルという言葉が重要なキーワードだと感じています。新型コロナウイルスが猛威を振るい、人々は改めて自分にとって何が必要で何が不要なのかを考える機会を得たのではないかと思います。不安定だからこそ、何が良くて何が悪いか誰も答えを持っていなくて、だからこそ理屈じゃなくて直感に響くもの、心が揺れ動かされるものが必要なんじゃないか、と思いました」
強烈な第一弾「服(アパレル業界)は終わった」
第一弾として制作したのはトレーナーとTシャツ、トートバックの3点だ。そのどれもに、表面には「WEAR IS OVER!」と書かれており、裏面には「NEVER you WaNT IT!」と書かれている。
今回の第一弾シリーズは、伊是名さんが影響を受けたジョン・レノンとオノ・ヨーコの広告「と」ファッションの掛け合わせだ。
ジョンレノンの名曲である「Happy Xmas (War Is Over)」という曲はご存じの方も多いだろう。Xmasになるとよく耳にする曲だが、実はこの曲はベトナム戦争の最中に出された曲。曲名のHappyXmasの後には「War Is Over」と書かれてあるが、これを日本語に訳すと「戦争は終わった」になる。戦争の真っ只中なのに、である。そして広告には「WAR IS OVER!」の下に小さく「If You Want It」と書かれていた。日本語訳は「君が望めば」。
このストーリーからインスパイアされ完成したのが、今回のデザインだ。表面に書かれている「WEAR IS OVER!」(ジョン・レノン&オノ・ヨーコの「War Is Over」にEを追加して「服」にした)は、何度もお伝えしたように「服(アパレル業界)は終わった」という文字だが、その裏に力強く赤色で書かれた「NEVER you WaNT IT!」は、日本語訳で「誰もそれを望んでいない」だ。この文字は伊是名さんの手描きである。
アパレルは終わったと言われる昨今だけど、自分はそんな風に思っていないし、願ってもいないという決意と覚悟の表れだという。筆者が取材時に質問した「なぜこのタイミングでアパレルなのか」に対するアンサーが、このデザインに込められていた。
これまで培ってきたプロデュース力を活かして
衝撃的な第一弾となったが、伊是名さんは今後も型にはまらず色々な「と」を生み出していきたいと話す。アーティストでありながらプロデューサーでもある伊是名さんだからこそ生み出せる「と」の可能性は果てしなく広い。早くも第二弾が楽しみである。